研究者にとって「起業」はどんな選択肢になるのか:TokyoTCPセミナーレポート(第1回)

近年、大学や研究機関で生まれた技術シーズを社会実装につなげる「大学発スタートアップ」への関心が高まっています。そうした動きを背景に、研究開発者のキャリアの可能性やビジネスの基礎知識を紹介するオンラインセミナー「TokyoTCP ― 大学発スタートアップが切り拓く日本の未来」が、2026年2月25日に開催されました。

本セミナーでは、日本の研究開発投資の現状や大学発スタートアップの役割について解説が行われるとともに、技術シーズの事業化を支援するアクセラレーションプログラム「Tokyo Technology Commercialization Program(TokyoTCP)」の取り組みも紹介されました。

研究を社会につなげたいと考えたとき、起業や事業化はどのような選択肢になりうるのか。本記事では、当日のセミナーの内容を振り返りながら、研究者にとっての起業の可能性と、TokyoTCPの概要について紹介します。

1. イベント概要

イベント名
TokyoTCP ― 大学発スタートアップが切り拓く日本の未来
~研究開発者の多様なキャリアと知っておくべきビジネス知識~

開催日時
2026年2月25日(水)18:00〜19:00

開催形式
オンライン

登壇者
熊谷洋平氏(株式会社tayo 代表取締役)
東博暢氏(株式会社日本総合研究所 プリンシパル)

セミナー冒頭で示された当日のタイムテーブル。講演、質疑応答、TokyoTCPの説明という三部構成で、研究者と起業をつなぐ視点が紹介されました。

2. セミナーレポート

研究開発者が知っておきたい「ビジネス知識」とは?

セミナーの前半では、株式会社tayo代表取締役の熊谷洋平氏が登壇し、「研究開発者が知っておくべきビジネス知識」をテーマに講演を行いました。講演では、①研究者による会社経営の生々しい実情、②起業した研究者は世界をどう見るか、③研究を社会実装するにはどうすればよいか、という三つの論点を軸に、研究とビジネスのあいだをどうつないでいくかが語られました。

熊谷洋平氏による講演のスライド。研究者が産業の現場に関わることで見えてくる社会との接点や、研究成果を社会に届ける可能性について語られました。

まず熊谷氏が紹介したのは、研究者が会社を経営することのリアルです。自身の研究者・起業家としての経験を踏まえながら、海洋分野での研究から起業に至るまでの経緯に加え、会社の事業構造や人材構成、収支の推移、キャッシュフロー管理、社内体制などが具体的に共有されました。研究とはまた違った種類の意思決定や資金管理が日々求められることが伝わってきて、起業をより現実に即したものとして捉えられる内容だったように思います。売上が安定する前の時期をどう乗り越えるか、組織をどう維持するかといった話からは、会社経営が細かな判断の積み重ねで成り立っていることもうかがえました。

続いて熊谷氏は、起業した研究者が社会や産業をどのように見るようになるのかについて話を広げました。講演では、日本のイノベーション力の低下、研究者数や研究費の構造、産業規模に対して研究者が十分に配置されていない現状、さらに人材流動性の低さといった、より大きな視点からの分析も示されました。研究者として一つのテーマを深く掘り下げる視点に加えて、社会全体の資金の流れや産業構造、人材配置の偏りを見る視点も重要になる、というメッセージが印象に残ります。異分野の知見が交わりにくいことも日本の課題の一つとして挙げられており、研究者が研究室の外に目を向けることの意義をあらためて考えさせられる内容でした。

講演の後半では、「研究を社会実装するには」という問いが扱われました。熊谷氏は、優れた研究成果があるだけでは事業にはつながらず、社会課題や顧客ニーズ、資金調達、事業計画といった要素を組み合わせてはじめて社会実装への道筋が見えてくると説明しました。とりわけ、投資家やVCの役割に触れたパートでは、スタートアップがどのような資金の流れのなかで成長を目指すのかが図解を交えて示され、研究者にとってはやや距離のある「投資」というテーマがぐっと身近に感じられました。研究者がビジネスを学ぶことは、研究から離れることではなく、研究の届け先を広げることでもある。そんな視点を得られる導入講演だったように思います。

起業やキャリアをめぐって、参加者から率直な質問も

講演の後には質疑応答の時間が設けられ、参加者からは会社経営の実務や研究者のキャリアに関する率直な質問が寄せられました。講演本編で扱われた内容が、抽象的な理念ではなく、実際の経営や働き方の問題として受け止められていたことがうかがえるやりとりでした。

まず挙がったのは、会社の収支に関する質問です。参加者からは、「赤字になっている期間はどのように会社を運営するのか」という問いが出され、会社経営の現実的な資金繰りに関心が集まりました。これに対して熊谷氏は、金融機関からの借入に加え、一部のエンジェル投資家や政策金融公庫といった資金調達の手段に触れ、赤字の時期をどう乗り切るかという点もまた、スタートアップ経営の重要な論点であることを示しました。講演本編で語られていた「研究と経営の違い」が、より具体的に見えてくる場面だったといえそうです。

続いては、社会人院生として博士後期課程に在籍している参加者から、雇用の流動性についての質問が寄せられました。研究者はより流動的に動くべきなのか、という問いに対して熊谷氏は、流動性の高さが一律に望ましいわけではなく、産業の性質によって事情が異なると説明しました。企業にとっては人材が定着することに利点がある一方で、技術継承が重要な産業では流動性が低いほうが機能する場合もあります。逆に、ITのように変化の速い分野では、より高い流動性がプラスに働くこともあるという指摘がなされていました。

こうしたやりとりを受けて、参加者からは「そうなると、やはり選択肢は起業になるのでしょうか」という問いも投げかけられました。これに対して熊谷氏は、起業が増えること自体は望ましいという考えを示しました。ただしそれは、すべての研究者が起業すべきだという単純な話ではなく、研究者が社会と関わる選択肢の一つとして、起業がより身近なものになっていくことの重要性を示す応答として受け取ることができそうです。起業に限らず、研究者のキャリアを考えるうえで示唆の多いやりとりが続いた時間でした。

技術シーズの社会実装を後押しする「TokyoTCP」とは

セミナーの最後には、株式会社日本総合研究所 プリンシパルの東博暢氏より、Tokyo Technology Commercialization Program(TokyoTCP)についての説明が行われました。ここでは、単にプログラムの概要が紹介されたというだけでなく、現在の日本のスタートアップ支援の流れのなかで、TokyoTCPがどのような位置づけにあるのかが、より大きな視点から整理されていたのが印象的でした。

TokyoTCPプログラムのスケジュールと支援内容。応募からメンタリング、ピッチコンテストまで、事業化に向けた支援の流れが段階的に設計されています。

説明の前半では、まず日本のスタートアップ・エコシステムをめぐる現状認識が共有されました。資料では、人材・事業・資金の各面で課題が絡み合い、好循環が十分に生まれていないことが図を用いて示されており、研究成果を社会実装へとつなげるためには、個別の努力だけでなく、制度や支援の仕組みそのものが重要であることがうかがえました。また、政府がスタートアップ育成を重点政策として位置づけていることにも触れられ、TokyoTCPがそうした政策的な流れのなかで設計されていることも示されていました。

そのうえで紹介されたTokyoTCPは、東京都内の大学・研究機関・企業などの技術シーズを活用し、起業に挑戦する創業前チームや、シード・アーリー期のディープテックスタートアップを対象とするアクセラレーションプログラムです。説明では、GAPファンドやメンタリング、外部資金獲得支援といった実践的な支援に加えて、若手起業家や研究者、博士人材の裾野を広げること、さらにはディープテック分野の支援者を育てることもプログラムの重要な役割として位置づけられていました。単に「起業する人を支援する」だけではなく、その周囲の生態系そのものを育てようとしている点が、このプログラムの特徴といえそうです。

また説明では、NEDOのNEPやDTSU支援事業など、既存の支援策とのつながりも示されていました。TokyoTCPは、そうした制度の手前にあるプレシード・シード段階の挑戦を後押ししながら、将来的な資金調達やさらなる事業化へとつなげていく位置にあることが、図解を通してわかりやすく説明されていました。資料には、スタートアップの成長過程に応じた資金調達のイメージや、NEP・DTSUとの接続関係も整理されており、研究者にとってはやや複雑に見えがちな支援制度の全体像をつかむうえでも有益な内容だったように思います。

最後には、募集開始から添削締切、応募締切、採択結果発表、集合研修に至るまでの今後のスケジュールも共有されました。提案書の早期提出者には添削の機会が設けられていることや、採択後には研修・メンタリングが続いていくことから、TokyoTCPが単発の助成ではなく、伴走型の支援を意識したプログラムであることも伝わってきます。研究成果の社会実装に関心はあるものの、何から始めればよいかわからない。そんな研究者にとって、TokyoTCPは具体的な一歩を考えるための入口になりそうです。

おわりに:研究を社会につなげるための、ひとつの入口として

今回のセミナーでは、研究者にとって起業や事業化が決して遠い話ではなく、研究成果を社会に届けるための一つの現実的な選択肢であることが示されました。研究を深めることと、社会に届けること。その両方を視野に入れながらキャリアを考えたい人にとって、示唆の多い時間だったように思います。

TokyoTCPは、創業前のチームやシード・アーリー期のディープテックスタートアップを対象に、GAPファンドやメンタリングなどを通じて伴走支援を行うプログラムです。研究の社会実装に関心のある方将来的に起業という選択肢も視野に入れてみたい方は、今後のイベントや募集要項をチェックしてみてはいかがでしょうか。

TokyoTCPへのリンク:https://iiinext.com/