生物多様性に関わる科学、特に生態学は、生物や自然を愛する研究者たちによって開拓されてきました。地球温暖化、絶滅危惧種の増加など、様々な問題が進行する昨今、多岐に渡る課題に根本的な解決策を見出す鍵として生態学が注目されています。
そんな中「生態学の基礎研究の知見や技術で農業や林業に貢献しているベンチャーがあるらしい」。しかも「その会社と一緒に町おこしに挑戦できる仕組みがあるらしい」。そんな噂を耳にした我々取材班は、その真相を確かめるべく、独自取材を敢行しました!
サンリット・シードリングス株式会社
創業者・取締役 東樹宏和先生
2007年九州大学大学院理学府博士後期課程修了(理学博士)。2017年4月から京都大学生態学研究センター准教授(現職)。「生物多様性」「種間相互作用ネットワーク」「生態系設計」「持続可能な農業」などをキーワードに掲げ、動物、真菌、植物、細菌などを研究する生態学者。
サンリット・シードリングス株式会社
代表取締役 石川奏太さん
筑波大学大学院生物科学専攻修了、博士(理学)同大にてコンピューターサイエンス専攻修了、修士(工学)筑波大研究員を経てJSPS特別研究員、仏パスツール研/東京大学大学院生物情報科学科にてウィルスを中心としたバイオインフォマティクス研究に従事。
生態学を社会実装!?
本日はよろしくお願いします!早速ですが、生態学の知見や技術を使って社会の役に立つ事業を展開されているという噂を聞いたのですが……
石川さん:まさにそういった事業を展開しています!では、うちでやっている農業分野と環境分野の事業を紹介したいと思います。
■農業分野
突然ですが佐伯さん、ネギにはどういう菌がいると思いますか?
えーと、病原菌とかでしょうか?
そう。農家さんがイメージされるのもまず病原菌なんですよ。「菌がつくと病気になるでしょ?」って。でも実は、ネギが育っている土壌には植物の共生菌、良い菌がいるんです。その菌がいるのといないのとでは、これだけネギの成長が違うんです。
明らかに違いますね!植物にとって良い菌はどうやって見つけるのでしょうか?
石川さん:ある作物と相性のいい菌を見つけるためには、その作物が植えられている土壌にどんな微生物がいるかを、サンプリングとシーケンス解析で可視化します。分析していくと、病気がよく出るような悪い圃場の微生物のパターンと、農薬とかをあまり使わなくても作物がよく育つ良い圃場の微生物のパターンがわかってきます。
データで見ても全然違いますね!
石川さん:そうなんです。では、どういうアプローチをすれば、この図の良好ネギ圃場のような微生物叢のパターンに持っていくことができるのか。そういったところを、農家さんや農協の方、県の自治体の農業技術の指導員の方とか、いろんな方々と一緒に考えるのが農業分野の事業です。
■環境分野
もう一つが環境分野の事業。当社では「生態系リデザイン™」と呼んでいます。これは全く利用されていない森林です。まず調査に行って、その地域の森林生態系がどんなものかを見ます。そして生態学の見地から、この未利用森林を再利用するやり方を考えます。
どのような活用方法があるのでしょうか?
石川:例えばススキがすごい荒地なら、そのススキを刈って、代わりに蜂蜜を作れるような木を入れるとか。あるいは、せせらぎがあれば、そこに在来の植物としてワサビやセリを栽培できるような水田をつくってみましょうとか。そうするとビオトープにもなるから、生物多様性の保全にも繋がるんです。
また、現場ではいろんな樹種の苗が見つかるので、苗に共生している菌をコレクション化していきます。そして、その菌を使っていろんな樹種の菌接種苗(強化苗)を作って、すぐ植えられるように用意しておきます。そうすると未利用森林だけなく、地震や土砂崩れなどで崩壊してしまったところを高速緑化して再生させるのにも役立てることができるのです。
基盤技術と創業の想い
これらの事業の基盤となっているのが東樹先生の研究ということでしょうか?
東樹先生:私は2010年頃から、植物と菌類が地下でどういう共生のネットワークを張り巡らせているのかを研究するために「ゲノム科学」「ネットワーク科学」「生態学」を融合した研究をやってまして、その研究がベースになっています。
社会実装のための研究!という風に感じますが、元々そういう想いがあったのでしょうか?
東樹先生:もともとは生き物が好きな少年でした。京都大学理学部に入ってからも、いろんな所に行って虫を捕ったり、キノコ採りに行ったり。研究者になってからも自分がやりたい研究、基礎研究をずっとやってきました。転機になったのは2010年頃、次世代シーケンサーと呼ばれるものが出てきた時代です。DNAベースで大規模に、生物多様性を把握することができるなと感じまして。ただそこで、どんな微生物が地下にいるかを見るだけではなく、次のステップとして植物と菌類の共生ネットワークの研究を始めたのです。
研究を進めていると、劣化した自然生態系や農業生態系を地下から再生させていく上で、生物多様性と生物種間の関係性に関する情報が鍵になるのではないかと感じるようになりました。私自身は基礎研究をやってますけど、世の中の食糧問題等の根本的な解決に結びつけられないかということで現在の取り組みをしている次第です。
東樹先生にとっては基礎研究の延長線上のような感覚なのでしょうか?
東樹先生:基礎研究で構造が見えて理解できたら、その次のステップというのは、予測なり仮説が検証されて、実際のシステムをうまくデザインできたりとか、それを使って何かが動き出したりするところを見る、というのが基礎研究の究極だと思うんです。そして、そういう基礎研究上の新たな発見こそが、人類共通の課題に本質的な解決策を提示するのだと、そういう信念があります。
基礎研究と言えば「なんの役に立つの?」というお決まりのセリフがありますが、基礎研究の面目躍如というか、素晴らしいですね!
石川さん:まさにそこは会社としても大切にしているところです。「その研究で何の役に立つんですか?」っていうのに対して、真っ向から応えていくというのが会社の文化であり、実際に事業に取り組む時の姿勢です。
すごく明確なスタンスですね!何かきっかけがあったのでしょうか?
石川さん:私がフランスでウイルスの研究をしていた時の話なんですが、休みの日にカフェでコーヒーを飲みながら、杖をついたおばあちゃんと一緒に喋ってたら「あなたは研究者さんなの?どんな研究してるの?」って聞かれて「あそこのパスツール研究所でウイルスの感染について研究してます。」って言ったんです。そうしたら「私たちの健康を守ってくれるために研究してくださってるのね」って返してくださったんですよ。
そういう反応って、日本でほとんどないじゃないですか。西洋の文化には、科学が自分たちの生活を豊かにしてきたっていう意識がすごくあると思うんです。基礎研究をやっている人へのリスペクトがある。そういった関係性を日本の社会でも実現できないかなと思って。Sunlit Seedlingsに参加したのはその辺りが理由です。
生態学で町おこし
もう一つ気になっているのが「生態学で町おこし」なのですが、これはどういう取り組みなのでしょうか?
石川さん:今うちで事業をやっている岡山県の西粟倉村というところがありまして、そこに地域おこし協力隊として来ていただいて、うちの事業に一緒に取り組んでいただきながら、町おこししましょう!というものです。
会社で行われている事業が町おこしに繋がるから、地域おこし協力隊の制度を使って一緒にやっていきましょう!というイメージでしょうか?
石川:そうですね。私は地域の生態系そのものが、地方創生のメインコンテンツになると考えています。地域の生態系の資源として植物共生菌をまずブランド化していく。そして、ブランド化した資源を地域の農業や林業に適用していく。それから「こういう形で役立っているんですよ」とPRする。さらに「生態系ってこんなに自分たちにとっていいものなんだ!」というのを体験できる機会を提供する。
来訪者の方が実際に農業をやってみたり、林業の苗作りをやってみたり、森林の生態系的なツアーをしたりとか。そういった「体験を目的とした産業」を生み出していければと思っています。これを「生態系エンタテインメント」って呼んでいます。
生態系エンタテインメント、ワクワクする響きです!研究だけでなく、PRや地元の方との交流とか、いろんなことに挑戦できそうですね!
石川:我々の事業に参画していただく形ではありますけど、地域おこし協力隊っていうのは基本的に個人事業主の扱いになるんですよ。当社との契約ではなく、村からの委託という形。ただ終わった後に当社は社員として迎える想定でいますっていう制度なんです。ですのでその辺の割合は全部自分で考えられます。サイエンスコミュニケーションやアウトリーチに興味がある方は向いていると思います。
モチベーションのあるところで活動できるわけですね!研究をする時にはそれなりの経験や知識が求められると思うのですが、求めるレベルの目安みたいなものはありますか?
石川:生物学、農学、林学の諸分野で、大学でちょっと興味があって勉強したくらいな感じでもOKです。生態学、植物学、森林科学、微生物学、菌学あたりでもう少し踏み込んだ知識や経験があるとよりグッドです。専門的な知識が必要になれば、東樹先生をはじめ、当社には外部顧問としていろんな方々がいらっしゃいますので、アドバイスももらえます。
大学で研究をしていても簡単には知り合えないような研究者さんからアドバイスがいただけるチャンスですね!対象として想定されているのは学部・修士卒くらいでしょうか?
石川:範囲は広く考えています。博士号を取って、これからどこへ行こうかと考えてらっしゃる方でも全然OKです!地域おこし協力隊のいろんな経歴を見てみると、博士号を取った後、大企業の研究開発部門で3年くらい働いてから、自分でまた新しいことやりたいと思って地域おこし協力隊になったという方もいらっしゃいます。
こんな方にオススメ
最後に、こんな方はぜひ!というポイントはありますか?
東樹:自然を楽しめる人ですね。山に入ったり、川に行ったり、いろいろしますので。そういう場所でイキイキとする方は、非常に楽しみながら挑戦できると思います!
自然がいっぱいということで、都内の23区とかとは実際の生活面でも色々違いますか?
石川:まったく違いますね。まず車がないと生活できないと思います。スーパーまで車で20-30分かかったり。あとやはり小さな村なので、良く言えばアットホームな環境、悪く言えばプライバシーの確保が難しいところはあるかもしれません。なので、村での生活にフィットできるかどうかも重要ですね。でも、西粟倉村はローカルベンチャー事業っていうのも進んでいて、かなり若々しい村ではあるんですよ。コワーケーションスペースとかコミュニティースペースもいっぱいあるし。とにかく一度来てみていただくというのが一番かもしれません。
行ってみることでリアルな状況もわかるし、ここで頑張ってみたい!とモチベーションも上がるかもしれないですね
石川:そうですね!モチベーションが一番大事だと思います。特に「研究の成果っていうのは人の生活や産業に役に立つんだ!それを自分の手で証明したい!」そういうモチベーションがある人は大歓迎です。
終わりに
生態学の中でもバリバリの基礎研究のような分野で農業や林業に貢献し、町おこしにもつなげていけるという取り組みに感激してしまいました。
「なんの役に立つの?」という問いに真っ向から応えるというという事業に、生態学エンタテイメントに携わってみたい!と思った方は是非、挑戦してみてください!
サンリット・シードリングス株式会社では地域おこし協力隊だけではなく研究員の募集も行っておりますので、生態学を仕事にしたい方は是非お話聞いてみては如何でしょうか?
取材協力:サンリット・シードリングス株式会社
「1万年後の地球をあきらめない~生物多様性科学で描く地球の未来~」という理念を掲げ、生態系がもたらす恵みに新たな光を当てるため、科学における多様な専門分野を融合し、人類共通の課題に取り組んでいるDeep Techベンチャーです。
「地域おこし協力隊」とは
“人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、
地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、
その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに答えながら、
地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度”