[博士の生き方]江崎グリコの研究者に聞く、アカデミアから民間企業へのキャリア

お久しぶりです、tayo熊谷です。最近また研究者界隈のSNSが俄かに盛り上がりを見せていますね。

定期的に話題となる「研究者の任期付きポストの是非」が再び大きな話題となり、サイエンスコミュニケーターの佐伯さんの企画したTwitter Spaceでは、なんと1,300人を超える参加があったようです。すごい!

大学教員が赤裸々に給与事情を公開した件も話題となっており、これまであまりアクセスする手段のなかった「研究者の人生」「研究者のキャリアプラン」といった情報を、その気になれば学部生でも収集できるようになったのは非常に良いことなのではないでしょうか。

このように色々な方がオープンに情報交換できるのはSNSの良いところなのですが、一方でネガティブな情報ばかり広まりやすいというのもSNSの側面です。

研究者のキャリアサービスをやっている立場として、楽しそうに生きてる博士持ちの人をいっぱい見ているのに、ポジティブな情報ほど発信されないのは良くないと思っています。という訳で、研究者がハッピーになりやすい道の一つ、「博士に理解のある民間企業で研究開発職に就くこと」に関するインタビュー企画。

今回は「大企業での研究者のキャリア」に関して、非常に積極的にアカデミアからの人材登用を行なっている江崎グリコの研究開発部門の方々をお呼びしてインタビュー致しました!

インタビュアー (株式会社tayo)

熊谷 洋平

2018年、東京大学大気海洋研究所にて博士(環境学)を取得。博士号取得後はITベンチャーで機械学習エンジニアとして勤務。一回ぐらい大企業で研究者やるのも経験すべきだったなと思っている。専門はバイオインフォマティクス、海洋微生物学など。

インタビュイー (江崎グリコ株式会社)

基礎研究統括:田辺創一さん
1996年 東京大学にて博士(農学)取得。2000-2015年には広島大学大学院生物圏科学研究科にて准教授・教授。2015年9月に日清食品入社。2022年から江崎グリコにて基礎研究統括として勤務。専門は食品学、栄養学、農芸化学など。

応用研究室 認知・睡眠ユニット マネージャー:石元広志さん
2002年九州大学にて博士(理学)取得。2013年-2022に名古屋大学にて教員(特任助教-特任講師-特任准教授)を務め、2022年に江崎グリコ入社。専門は神経科学、行動生理学など。

基礎研究室 素材機能探索ユニット:長野太輝さん
2015年神戸大学にて博士(理学)取得。神戸大学にて研究員や助手を勤め、2022年から江崎グリコ入社。専門は細胞生物学、細胞老化など。

なんでアカデミアから民間へ?

本日はよろしくお願いします。まずは御三方に自己紹介お願いできればと思います。田辺さんは広島大学で長く教鞭を取られていますが、最初のキャリアは民間なんですね。

田辺さん:石元さん、長野さんは所謂「本物のアカデミア人」という感じかと思いますが、私は元々修士卒で旭化成に行って、学位も論文博士です。修士卒の段階ではアカデミアに戻るとは全く思っていませんでしたが、色々な縁があり結果的には20年アカデミアにいることになりました。

再び企業に戻ろうと思ったきっかけはなんだったんですかね?

田辺さん:要因は色々ありますが一つ言えるのは、最近ではアカデミアで論文を一本出すのに求められる基準が高くなってきたことですね。一昔前であればそれだけで論文一本出せるような、非常に長大なサプリメンタルフィギュアを求められます。
私は元々民間にいたこともあり、重厚な論文を時間をかけて一つ仕上げるよりも、もっとフットワーク軽く新しいアイディアをどんどん取り入れながら次へ次へと研究を進めていきたいという想いがありました。そのタイミングで民間への縁があったということです。
どちらが良いという話ではないのですが、自分のスタイルとしては民間が合っているな、と。

なるほど。一つの論文に求められる情報量が年々増えているのはアカデミアでも度々話題に上がりますが、「じゃあ民間に移ろう」という発想は初めて聞いたので「そこが繋がるのか・・・!」という感想です笑

石元さんはいかがでしょう?元々は性行動のメカニズムなど、非常に基礎寄りの研究をしている印象を受けたので、なぜ民間に移られたのでしょうか。

石元さん:元々私のやっていることはずっと基礎研究で、現在やっていることも基礎研究だと思っています。特に江崎グリコでは非常にエビデンスに根差した研究開発を行っているので、特段「応用がやりたくなった」というマインドの変化があったわけではなく、基礎研究を続けるキャリアの中でシームレスに江崎グリコに辿り着いた感じです。

アカデミアでも民間に転職する前には企業と共同でプロバイオティクスに関する研究をされていたので、そちらがターニングポイントになったんでしょうか?

石元さん:ターニングってほどでもないですね。そもそも、企業と共同で研究したのもこちら発信なんですよ。性行動を研究する人のモチベーションは様々ですが、私は人間の意思決定や記憶に興味があり、さらに医学部の麻酔科のような臨床系のラボに留学していた経験もあるので、社会に対する価値還元には元々強い興味がありました。
この記事を読まれている学生さんも、「アカデミアだから基礎をやるんだ!」という風に思考をロックするのは勿体無いので、柔軟な思考を持つのが良いのでは。

では最後に一番の若手の長野さんにお聞きします。長野さんも細胞老化の研究ということで、なかなか直球の基礎研究をやっていたように見えます。

長野さん:おっしゃる通り基礎寄りの研究ですが、細胞老化の研究は「老化の克服」という人類が抱える非常に大きな課題に繋がるので、私自身は社会実装には強い興味がありました。しかし、大学では社会実装までの道のりが見えず。企業へのプレゼンに行ったこともあったんですが特に反応もなく、「どうすれば製品化には繋がるのか?」という道が全然見えませんでした。
企業に入ると当然、製品を作るのが仕事なので、そのような道のりがクリアに見えたのが非常に新鮮ですね。

お三方に共通するのが「アカデミアにいながら社会実装志向を持っていた」という点ですかね。現在の立場から、なぜアカデミアに居た当時は社会実装まで進めなかったんだと思いますか?

長野さん:健康につながる研究はすごくいっぱいあるので、その中でなぜ「私の研究」に対して企業がリソースを割いて取り組むべきなのか?という点の説明があまりできていなかったように思います。シーズは本当に玉石混交なので。

田辺さん:長野さんのおっしゃる通りなのですが、研究者の説明能力だけの問題ではなく、企業の側にも問題があります。民間側はアカデミアのシーズの「目利き」が苦手なんですよ。我々のようなアカデミアから民間に来たものの強みはそこだと思っていて、玉石混交の研究シーズの中から宝を見つけ出す、「目利き力」。これは民間でかなり強いスキルです。

石元さん:江崎グリコはかなり目利き力は高いですよね。アカデミア出身のメンバーも多く、かなり厳密な議論をしていると思います。

日本で産学連携の進まないボトルネックの一つは「企業の目利き力」で、それを補強するためにはアカデミアの人材が必要、ってことですかねアカデミアの人材を企業がどのように活用するべきかは産官学民を巻き込んで色々と議論がされていますが、これはすごく納得のいく話だと思いました。

アカデミアと民間企業の違い

ちょっと話が大きくなってきたので個人的な話に立ち返って、皆さんが感じる民間企業とアカデミアの違いを伺いたいです。

長野さん:一番感じたのは進め方・戦略の違いですね。「学術的価値」を目指すのか、「顧客への提供価値」を目指すのかでかなり考え方や方法が違うことを感じています。

長野さんはアカデミアにいた頃も社会実装に興味があったとのことですが、それでもやっぱり違いましたか?

長野さん:アカデミアでも当然予算申請の際に社会実装のストーリーを作るのですが、やはりその解像度が民間では全然違いますね。民間には製品を世に送り出すための専門家が揃っているので、実際それは作れるのか、作れたとしてコスト感が合うのかなど、研究計画に求められるものが違います。

石元さん:意思決定のスピードも違いますよね。大企業は意思決定が遅いイメージを持たれている方もいるかと思いますが、少なくとも弊社は「ゴールを設定して、そこに向けて何がなんでも頑張る」というスピード感はアカデミアよりもずっと速いように感じます。特に大学の先生は一年中資金調達のための書類作成に追われているようなところもあると思いますが、企業で予算を取るときは説得する相手が内部なので資金集めの負荷が少ないのもスピード感の違いを生んでいると思います。

逆に、民間の視点を持ちながら長くアカデミアにいた田辺さんは、この辺りどのように感じていましたか?

田辺さん:私はファーストキャリアが企業だったこともあり、アカデミアにいた頃もかなり民間寄りの考え方を持っていたと思います。なので、やりがいとかスピード感とか、振り返ってみるとそんなに大きく変わらない気がするんですよね。
アカデミアでも生き残るためには業績を積まなきゃいけないし資金も獲得しなきゃいけない。そのためにはどうすると一番効率がいいのか。共同研究相手と組んで、この実験は進めてもらいながら、別の実験を進めて・・・というようなことを考えると、そこまで大きな違いはない気がします。

イメージしやすい大きな違いとして、組織構成の違いなどはどうでしょう?実験の進め方など、大きく違うのではないかと思いますが。

長野さん:アカデミアの頃にいた研究室が小規模だったこともあり、色々な実験・作業で分業が進んでいる民間企業は色々と勝手が違います。しかしどっちがやりやすいかは一概には言えず、アカデミアで自分で全てやらなきゃいけなかった頃は周りのことを考えなくてよかったから早い、という面もありました。しかしやはり全体的なスピードは分業した方が早いですね。

パーソナルな点ですが、日々の過ごし方とか時間の使い方は変わりましたか?

長野さん:アカデミアでは裁量労働制だったので夜間だろうと休日だろうと研究をしていましたが、民間企業だと決められた労働時間で働いているのがいちばんの違いですかね。しかし、結局企業に来ても業務とは無関係に自身の勉強として、仕事終わりや休日に自宅で論文を読んでいたりするので、結局過ごし方としてはあまり変わらないかもしれません。変わらず研究を楽しめています。

石元さん:私も長野さんも田辺さんもそうですが、結局ずーっと研究続けてる人って感覚がちょっと違うんですよね。論文を読んだり実験したりすることは苦痛ではなく、自分の知的好奇心を満たす行為。研究者のマインドを持つ人は、アカデミア・民間関係なく、どこに行っても研究者なんだと思います

皆さんにお話を伺っていて、確かに研究者と話している感覚があります!

悩めるアカデミアの研究者へのメッセージ

最後に、記事を読んでいるアカデミアの方々に向けたメッセージをお願いしたいと思います。

田辺さん:民間とアカデミアには色々と違いはあるのですが、「絶望的な溝」というよりは「挑戦するのにちょうどいい刺激」ぐらいのものだと思います。現に長野さん、石元さんを始め、アカデミアでずっとやってきた人が企業でも活躍できています。
特に特任助教や准教授のようなある程度キャリアが進んだ方は民間キャリアを考えづらくなるかとも思いますが、例えば教育やマネジメントの経験は民間でも大いに役立ちますので、キャリアに悩まれている方は、あまり身構えずに民間もご検討頂けると良いのではないでしょうか。

石元さん:やはり博士の方は研究や論文執筆がハードですので、就活は色々と大変だと思います。でも就活市場にわかりやすいルートがあまりないだけで、博士取得に至るまでの研究経験を活かせる民間企業はいっぱいあります。弊社もそういった企業の一つだと思いますので、お気軽にご相談いただければと思います

長野さん:私自身、転職の直接のきっかけは任期でした。基礎研究をやっていたので民間には見向きもされないだろうと思っていたのですが、ダメ元で応募してみたら通ったという形です。何が求められているかはアカデミアにいると見えないことも多いので、まずは勇気を出し、自信を持って応募してみると意外とマッチングするポジションが見つかるかもしれません!

江崎グリコで研究者として働く

江崎グリコの研究開発部は「技術者」というより「科学者」の気質を強く持つメンバーが多く、非常に研究開発に強い会社なんだな、という印象を受けました。

そんな江崎グリコでは現在も多数の研究開発系のポジションがあり、絶賛アカデミアからの人材採用強化中とのことですので、この機会に是非お話聞いてみてはいかがでしょうか?

ゲノム編集を用いた微生物探索

上記以外にも、

  • 応用研究室 ショウジョウバエを用いた試験・研究
  • 基礎研究室 素材機能探索ユニット
  • 応用研究室 免疫調節乳酸菌研究

など様々な研究開発ポジションがありますので、ご興味ある方はぜひ積極的なご応募を!