【学振『職員』に迫る】博士を取って学振で働く人にお話を聞こう

学振DC、学振PD、海外学振、その他様々な科研費。

大多数の研究者の皆さんにとって、日本学術振興会(JSPS)は「自分の人生を左右するほどの影響を受けながら、中の人との関わりはない」という特殊な距離感なのではないでしょうか。

実はJSPSは近年博士を積極採用しており、学振を中心にかつてJSPSのファンドにお世話になっていたメンバーも勤務しているそうです。数ある「研究者のサポートをする仕事」の中でも、かなり直接的かつ広い範囲の日本の研究に関わることのできる職種と言えるのではないでしょうか。

本イベントでは研究者にとって近くて遠い、JSPSの中の人、しかも博士課程を経験しJSPSに就職した職員をお呼びし、

・JSPSの人ってそもそも何をしているのか
・JSPSはどうして博士を積極採用するのか
・どんな人におすすめの仕事?

など、公開形式でインタビューしていこうと思います!なお、「学振」というと特別研究員のイメージが強いため、本記事では組織名として「JSPS」で統一しようと思います。

お相手はこちらの方々です!

●安東 正隆(あんどう まさたか)さん

安東 正隆(あんどう まさたか)さん

2002年3月 京都大学理学部卒
2008年1月 京都大学大学院 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻博士課程修了
*2004年    学振DC1採用
2007年4月 JSPS 入職

科学研究費助成事業(科研費)やWPIといった研究事業のほか、学術情報分析、広報、採用(主に博士採用)、国際共同研究事業などを担当。直近ではロンドン研究連絡センター副センター長として英国に赴任し、現地でコロナ禍を経験。帰国後に科研費新種目「国際先導研究」の審査等の立ち上げを行い、現在は人材育成企画課で海外特別研究員(海外学振)や若手研究者の顕彰事業などを担当。JSPS職員初のドクターホルダーとして、業務の高度化・合理化を日々模索中。

伊藤 奨太(いとう しょうた)さん

2012年3月 名古屋工業大学工学部卒
2017年3月 名古屋工業大学大学院 工学研究科 未来材料創成工学専攻博士課程修了
2017年4月 名古屋工業大学神取研究室 研究員
*2015年  学振DC2採用
2018年1月 JSPS 入職

最初の仕事は、入職1週間ながら、大学院博士課程の顕彰を行う育志賞の選考委員会の対応。2年ほど、若手研究者の顕彰事業(日本学術振興会賞と育志賞)を担当し、2020年4月より国際交流事業担当に配置換え。同時期はコロナ禍の始まりでもあり、在宅勤務も駆使しながら、国際交流をどのように行うか苦慮した時期でもある。2022年10月より現部署となる学術システム研究センターの事務局を担当し、研究現場にいる先生方と日々意見交換しながら、学術の発展のために尽力。

JSPSに入ったきっかけは?

さて、今回のテーマが「学振『職員』に迫る」ということで、まずはお二人がJSPSに入られたきっかけからお聞きしたいと思います。もともとJSPSで働くことを目指していた場合や、あるいは先輩など身近な人がそこにいた場合、恩師の後押しがあった場合など、JSPSに入られた理由や経緯を教えてください!

安東さん:そうですね。私の場合、実はD2の終わり頃、少なくとも年明けくらいまでは今後も研究者をやっていこうと考えていたため、就職については全く考えていなかったんです。しかし急遽、就職しなくてはならないという状況になり、焦りながら就職先を探し始めました。当時は今ほど就職に関する情報は豊富ではありませんでしたが、就職サイトのようなものはあったので、そこを通じて一生懸命情報を集めていました。

当時の私にはやはり、研究に携わっていたいという思いがありました。しかしその前提でいろいろと調べてみても、民間企業にはいわゆる研究者の人や研究志向が強い人があまりいないという印象が強かったんですね。そのため、自分が民間に入社するというイメージがなかなかできなかったんです。

どうしようかなと悩んでいた時期に、偶然JSPSのWebサイトを目にしました。当時は今と違い、JSPS側も積極的に採用情報を出すということをあまりしていなかったので、たまたま見つけられたのは本当に運が良かったなあと思います。応募したら採用していただけて、そのまま今に至るという感じですね。だから、たとえば恩師の後押しがあったとか、そういったことはなかったです。

採用情報を偶然目にされたのがきっかけだったんですね! たしかに当時は今とは違い、情報がなかなか手に入りにくく苦労する学生も多い時代だったと言えるでしょう。しかし情報が少なかったということは、ご自身が内部で働いているイメージも初めはあまりつかみにくかったのではないかと思うのですが、その点はいかがでしたか?

安東さん:そうですね。実際はどのような組織なのか、どんなことをやっているのかという点についても当初はほとんど情報がなかったです。今なら採用の際に組織のことや業務等について説明会があったりしますが、それでもやはり、実際に働いてみないと分からない部分は多いなと感じています。

ただ、まだ業務に不慣れだった当時も、研究者の人たちにとって重要な業務を担っているという意識はきちんとありましたし、そのぶん安心感もありました。JSPSに限らず、こうした研究支援の仕事に就く上では研究に携わりたい、関わっていたいという思いを持ち続けることが重要なのではないかと思います。

続いて、伊藤さんにお話を伺っていきたいと思います。まず、JSPSに入られたきっかけは何だったのでしょうか?

伊藤さん:そうですね。私も安東さんと同じく、身近な人に影響を受けたとか恩師の一言に背中を押されたとか、そういったことは一切なかったです。ただ、博士後期課程に進学する際に教授から初めに言われた言葉が「就職先について今からきちんと考えておきなさい」ということでしたので、就職についてわりと早い段階から意識し始めた部分はありましたね。

まずはポスドク先をどうしようかなと考え始め、海外のポストや研究室について詳しく調べたりしていました。ただ、たとえば一つのタンパク質について生涯をかけて追求していくような情熱、いわゆる研究にかけるモチベーションみたいなものが自分にはどうも足りていない気がしていて。だから、もっと視野を広げて、いったん分野を変えてみるのも一つの手なのかなと考えました。

当時は自身の就職について考え続ける一方で、後輩の研究を手伝ったり、また複数の共同研究に携わったりして忙しい日々を過ごしていました。その中でふと、こうして研究を続けるより、研究支援にまわるのが自分に合った道なんじゃないかと思ったんです。そこからファンディング・エージェンシー(ベンチャーキャピタルなどの投資会社など)やURA(大学の産学連携課)などに関心をもつようになり、そうした支援組織に応募していく中で、偶然JSPSに採用いただけた…という感じでしたね。

なるほど。ご自身が研究をされていた中で自然と研究支援の方にも興味を持たれて、その延長で…という感じだったんですね。では、研究をする立場から研究支援という立場にまわる際は比較的スムーズに意識転換できたのでしょうか?

伊藤さん:そうですね。当時はまだJSPSの実態や、実際におこなう業務等の中身はよく分かっていなかったのですが、研究そのものに包括的な視点で関わるという点に関心があり、自然と意識もそちらに向いていきました。JSPSに入ってみてから分かってきたことですが、研究現場との距離感や研究全般を見通すという意味で、ここが自分にとって一番よい立ち位置なのかなと日々感じています。

JSPSは包括的な視点で学術支援をおこなう組織

研究支援の組織や団体となると、たとえば先ほど伊藤さんが挙げられたファンディング・エージェンシーやURA、それからJSPSのような国の団体、あるいは地方の財団など、本当にさまざまな場所や立場があるかと思います。その中で、JSPSという組織がもつ特性や特色は、具体的にどういった部分なのでしょうか?

伊藤さん:そうですね。JSPSが業務にあたる上で最も大切にしているのはやはり、幅広い分野を包括的な視点からカバーすることだと言えます。ただ、そのぶん自分自身の専門分野が直接的に活きるようなことはほぼないと考えたほうが良いかもしれません。

たとえば担当する事業について、科研費の担当になれば科研費の関わる事業全体に包括的に関わっていくことになります。担当の分かれ方は事業ごとなので、個人の研究分野によって担当が決まるようなこともあまりないです。

安東さん:大学職員やURAなど、研究支援職そのものの種類は豊富に存在します。その中でJSPSの大きな特徴は、現場の研究者一人一人の自由な意見や動向を重視し尊重して、そこに寄り添うボトムアップ型の支援を行う点です。それにひきかえ、たとえばJST (国立研究開発法人科学技術振興機構)などは、職員自らが研究現場に積極的に関わり、 主体的に研究マネジメントを実施することもあります。このように、支援を行う際のスタンスや意識の方向性などは組織によってそれぞれ異なります。

我々JSPSは独立行政法人として、国益のために動く中央省庁と、研究現場の人たちのちょうど中間に存在する形になります。JSPSは日本の学術の発展のために動いていますが、国の組織である以上、研究現場の人たちに比べるとやや包括的な視点で状況を見定めていく必要があります。国益を考えて動きながらも、学術や研究現場をより良いものにするために純粋な信念をもって関わっていける。この点が、JSPSの大きな特徴であると個人的には考えています。

文科省とJSPS

JSPSという組織としての、科研費との関わりについても少しお聞きしたいと思います。科研費そのものは主に文科省の管轄ですが、その点、JSPSの裁量権の大きさはどのくらいなのでしょうか?

安東さん:そうですね。まず、科研費というのはもともとは国の補助金の一種なんです。そのため大まかな資産配分をはじめ、大枠は補助金を管轄する文科省の組織が決めていくことになります。

一方、JSPSが管轄するのは主に審査の部分となります。科研費が下りるには当然ながら専門家の審査を通る必要がありますが、どのような審査を通ればより良い形で研究ができるのか、審査の規定はどのように作っていくか、どういった人を審査員にするのか、そうした部分を定めていくのがJSPSの役割です。

また、そうした業務をやっていく中では実際にやらないと分からない部分も非常に多いため、毎度のようにフィードバックが生じます。だからこそ、何らかの問題があればその都度制度を変えていく必要があるんですね。そうした部分にも、JSPSは関わっています。そのため、制度運営などさまざまな面を考えると、我々JSPSが関わっていける範囲は比較的広いと言えるかと思います。

国の政策決定には実際にどれくらい関わっているのでしょう?

安東さん:JSPSの関わる事業を考えると、そもそも新規の政策決定に大きく関わっていくような内容は少ないです。前提として新しい事業を始めるということ自体、なかなかハードルが高いものですし、どちらかと言うと、すでにある程度形ができているものをより改善し改良を進めていくといった業務が多いですね。そのため、直接的に大きく関わる機会は少なくても、間接的に関わる機会は比較的多いと言えます。

実際に運用してみた結果をもとに、制度を改善していくような事例が多いということでしょうか。

安東さん:その通りです。たとえば我々JSPSのホームページにも、科研費に関する問い合わせフォームや質問フォーム等が設置されていて、それが一つの窓口として機能しています。制度変更につながるような重要な意見などもそこから入ってくる場合がありますし、それをもとに文科省に検討してもらうこともあります。このように、国の大きな組織と研究者サイドをつなぐ一つの組織として、両者の意思疎通がスムーズなものになるよう尽力することもJSPSの役目ですね。

JSPSはどうして博士を積極採用するのか

JSPSは現状、博士の学位取得者の採用を強化されているとのことですが、その理由や意図について気になっている学生さんは多いと思います。博士を積極採用されている理由や目的、そしてJSPSの現状などについて、まずはJSPS人事部の方からご説明いただければと思います。

JSPS人事担当:私からは、JSPSの現状について簡単にお話させていただきます。まず前提として、我々JSPSはそれほど大きな組織ではないということを念頭に置いていただければと思います。そして、学術振興会の将来を担う要として育てられているメンバー、いわゆるプロパー職員は約100名ほどしかいません。その中で博士号をもっている人は現在10名程度、全体の約1割です。一方で、何らかの事情から途中で博士を辞めて就職した人や修士卒の人の割合は、近年では約6割ほどになります。

詳しいご説明をありがとうございました。人数や割合などを聞くと、より具体的なイメージがつきやすくなりますね。博士採用について、実際に博士を取ってJSPSにて活動されているお二人はどういった印象をお持ちですか?

安東さん:そうですね。まず、現状では博士卒の人の割合はプロパー全体の約1割というお話ですが、私が入ったときは、博士卒は私一人でした。また、修士卒の人の割合も今よりは少なかった印象がありましたね。そして、私のようなもともと研究をしていたメンバーがその他の学部卒の人たちと一緒になって業務にあたっていくわけですが、やはり博士卒や修士卒の人とその他の人のあいだでは、業務を行う際の意識面に多少の違いがあると感じています。

たとえば論文や学術的な評価など具体的な話になっても、実際に研究をしたことがない人の場合、初めのうちは実感としてどうしても理解しづらい部分も多いかと思うんですね。もちろん研究支援に長く関わって業務に慣れていく中で、研究に関する詳しい知識や事情は身についてくるものなのですが、やはり初めからそうした知識がある人とない人では根本的な理解度や成長率が異なってくるのではないかと個人的には感じています。

なるほど。おっしゃる通り、もともと研究の畑にいた人とそうでない人では前提としての知識量が違いますし、それは研究支援に携わる上では特に重要な部分だと言えそうですね。この先JSPSが博士採用を強化していくことで、組織としてどのような変化や成長を期待されていますか?

安東さん:研究支援にあたる上で、たとえば研究者でなければ分からない事情であったり、あるいは悩みだったり、そうした部分は過去に同じ経験をしている人間の方が理解しやすいですよね。それを考えるとやはり学振内部に研究者出身のメンバーが一定数いた方が、JSPSとしてもより良い活動ができるのではないかと期待しています。

続いて、伊藤さんにお伺いします。伊藤さんはまさしく博士の積極採用が進んだ中でJSPSに入られたとのことですが、実際に学振の職員として活動されてみていかがですか?

伊藤さん:そうですね。私自身もやはり業務にあたっていく中で、先ほど安東さんがおっしゃった通り、実際に自分自身が研究の現場にいたからこそ分かる事情は本当に多いと感じています。ちょうど今関わっている仕事についても、私が先生方と直接お話をしたり意見交換をしたりして、それを担当事務につなぐといった業務を大切にしています。まさに自分が研究をしていたからこそ対応できることもありますし、そうした意味でも非常にやりがいを感じています。

JSPSでの働き方

JSPSで働きたいと考えている学生さんの中には、組織の実態だけでなく、職員の方の具体的な業務内容や働きやすさ、いわゆるワーク・ライフ・バランスの面も気になっている人は多いかと思います。その点について、実際にJSPS職員として活動されている中でどういった印象をお持ちですか?

伊藤さん:そうですね。まず働きやすさの面で言うと、JSPSは個人の事情に比較的柔軟な対応をしてくれる組織だと感じています。これは私個人の話になりますが、うちは妻もフルタイムで働いていますので、私が定時で帰って子どもを保育園に迎えにいくようなこともたびたびありますね。また、男性の職員にも育児休暇を取っている人はいます。

業務に関する予定についても、全体としてのスケジュールはあるものの、その中では主に自分自身でスケジュールを組んで随時こなしていく感じなので、比較的融通が利きます。そのため、仕事と家庭の両立を重視したい人にとっても働きやすい、風通しのよい職場だと感じています。

ちなみに、JSPSの職員になってから再び研究現場に復帰するパターンなどはあるのでしょうか?

伊藤さん:そうしたパターンも多くはないですがありますね。実際に、私のまわりにもそういう人は数人います。JSPSに限らず、研究支援の立場で何年か働いた後、自分ももう一度研究に関わりたいという思いが生じて研究現場に戻る人はいますから、不可能なことではないと思います。

JSPSの目的は研究者の活動を支えていくことだというお話でしたが、そのためにはやはり、研究現場の現状についても詳しく知っておく必要があるかと思います。たとえば、JSPSの職員が業務の一環として学会に参加する機会などはあるのでしょうか?

安東さん:そうですね。まず、私たちのような研究支援に関わる人間が学会に参加することは、研究者の人たちの細かい動向がチェックできる、誰がどのような研究活動をしているかなどの把握ができるといったメリットがあります。公の場で研究者の方の活動をその都度見ておくことで、審査や審査員を考える際などにその情報を役立てることができるわけですね。

ただ、現在そうした役割は主に現役の研究者の方にやっていただいています。そのため、我々JSPS職員が職務の一環として学会の場に参加するということは現状はありません。

JSPSはどういう人に向いている?

JSPSという組織の特徴や事情などについて、あらゆる観点から詳しくお話いただき大変参考になりました。最後にあらためて、現在JSPSがどのような博士を求めているのか、どういう人に向いているのかという点についてお聞きしたいと思います。

安東さん:そうですね。まず博士採用の強化について、本日お話をさせていただいた中で、博士として研究現場にいた経験がそのまま研究支援の現場でも活きてくることをお分かりいただけたかと思います。

私自身、博士を持ちながらJSPSで働いていますが、業務にあたる中で感じるのは、同じように博士を取っている人とは物事の見方や考え方のベクトルも近いんだなということですね。実際に研究現場にいた人はやはり、この仕事との親和性も高いと感じます。もちろん研究そのものに興味があるから研究者の道を選ぶという人も多いかと思いますが、私のようにどういった形でもとにかく研究に関わっていきたいという人は、支援の道を選ぶのもアリだと思いますよ。前提として研究が好きで、研究現場の環境をより良いものにしていきたいという気持ちがあれば、きっとうまくやっていけると思います。

伊藤さん:本日お話させていただいた通り、JSPSは幅広い分野を包括的にカバーし対応した上で日本の学術の向上を図っていく組織です。そのため、職員側にも広い経験や知識をそなえた人材が必要だと考えています。学生のうちにできるだけ多くのことを学んで、その知識を業務でしっかり活かせるような人が今後増えていったらいいなと思います。

そして私自身、現在はこうして研究支援の立場にまわっていますが、研究をしていた学生の頃も本当に楽しかったですし、当時の経験が今に活きていると感じています。研究を楽しめる人は、研究支援にも同じように積極的に関わっていけると思うんです。研究者にとって、自分の力で論文を読み説いて新たに形にするというのがやはり一番の勉強であり力をつける方法だと思うので、学生のうちはできる限りそこに注力してもらいたいですね。

終わりに (文責:tayo 熊谷)

株式会社tayoも事業としてさまざまなファンディング・エージェンシーやURA、更には文科省などの中央省庁と関わっていますが、それぞれ社内文化や研究支援のスタンス、関わることのできる研究領域などに大きな違いを感じます。その中で、日本のボトムアップの研究を支えるJSPSは、基礎研究の直接的な支援に最も近い組織の一つなのではないでしょうか。JSPSでの勤務に興味のある方は、説明会へのご参加や、職員採用情報ページもご参照ください!