みなさん、実験してますか〜?
進捗、どうですか〜?
私も昔は生命科学の実験系のラボにいたのですが、結局実験はほぼやらず情報解析(バイオインフォマティクス)にシフトしました。その主な理由としては、
というのがあります。
いや、分かります。現在の生命科学は先人たちのとてつもない努力の上に成り立っている訳で、たいして優秀でもない僕が楽して成果を出せる訳が無い。でも、改めて考えてみてください。
12時間に一回の培養株の植え継ぎのためだけに、休日もラボで過ごす。
使った試薬の発注を忘れて先輩に怒られる。
実験条件を12 * 12 * 2の288通りで振った実験が、一個のミスで水の泡に。
こんなのは生命科学の研究室にとっては日常的な光景ですが、
これ、人間のやる仕事か???
正直そんな印象も結構持っていました。
そんな「そりゃそうなんだけど、でもしょうがないじゃん」という所にメスを入れるのが、ラボラトリー・オートメーション(研究室の自動化)という分野です。
「なんか難しそう?」「工学分野の話でしょ?」「無茶苦茶お金あるビッグラボの話でしょ?」など、取っ付きにくい部分もあるかと思いますが、本来は「人間の仕事を機械に任せる」という世の中の大きな流れが実験科学にも来ているという至極当たり前の話で、実験をするすべての人に関係する分野です。
本日は、そんなラボラトリーオートメーションの世界について、日本唯一のラボラトリーオートメーションのカンファレンスであるLADEC2021(Laboratory Automation Developers Conference 2021)の運営委員の神田元紀さんに、お話を伺いました!
研究活動における人間と機械の仕事を再定義
神田さん、本日はよろしくお願いいたします。まず最初に、研究内容をお伺いできますでしょうか?
私は理化学研究所で、ヒト型汎用ロボットシステムである「まほろ」の研究開発に関わっています。
「まほろ」いいですよね!私もラボラトリーオートメーションといえばまほろ、というイメージでした。しかし、こういうすごいロボットを見ると「めちゃくちゃお金持っている人たちの超すごい実験装置」というような印象も受けてしまいます。
ある意味ではそれも正しいです。実際、米国大手製薬企業のイーライリリーが大規模に実験自動化の導入に取り組んでいるなど、現状では研究開発予算が潤沢にあるところから始まっている状況です。
しかし、ラボラトリー・オートメーションという分野自体が目指すのはもっと広範な範囲です。「まほろ」は「実験自動化」のシステムですが、それは「ラボラトリーオートメーション(研究室の自動)化」の一つの分野でしかありません。
実際には、勤怠の打刻や試薬管理、実験ノートの管理といった、研究室の運営に関わるこれまで人間がやっていた仕事を機械に置き換える行為の全てがラボラトリー・オートメーションの範疇です。
一言で言えば、「研究活動における人間と機械の仕事を再定義する」ことを目指す学問分野です。
それだけ聞くとめっちゃいいじゃん〜!と思うんですが、実際には研究活動のDX化ってあまり進んでないように感じてしまいます。例えば学会発表に関して言えば昔は紙の資料の配布、その次はスライド映写機やOHPの時代、パワーポイントが出てきて、現代ではZOOMによるリモートカンファレンスなど、30年ほどの間でも大きな変化がいくつも起きています。このような劇的な進歩が生命科学の実験についてあまり起きていないのは何故なのでしょうか?
細かい事はいろいろ起きてるんですけどね。例えばPCRをするとき、昔は人が温度を変えた水浴に手を突っ込んでいたものが、今では全てサーマルサイクラーに置き換えられた。
最近だと、解析パイプラインツールの発展など、デジタルの解析技術はどんどん自動化が進んでいます。とは言えやはり「人間が手を動かす」という部分はすごく遅れています。
このような部分の自動化が最近盛り上がっているのは、やはりIoT技術の進展でしょうね。あらゆるものがインターネットに接続され、物理世界とデジタル世界をつなぐことが世の中的にどんどん進んでいます。このような大きな世の中の流れが、生命科学分野にもやってきている。
バイオロジーのプログラミング化と「未来との距離感」
ラボラトリーオートメーションが完全に達成された未来はどのようになるか、理想とする姿などお伺いできますでしょうか。
まず我々の研究で言うと、「バイオロジーのプログラミング化」です。コンピューター上の実験は現在当然のようにクラウド上のサーバーで行われていますが、WETな実験も実験ロボットを多数配置した「クラウドラボ」で行えるようにしよう、と考えています。
実験がめちゃくちゃ苦手だったので、その世界は非常に魅力的に聞こえます。クラウドラボが実現されると、論文の書き方なども結構変わってきそうですね。
そうですね。人類が実験者に依存しない「真の再現性」を手に入れることができるので、論文のマテメソは大きく書き方が変わるでしょう。
そもそも、人間が実験をしないのであればプロトコルを人間が読める必要すらなくなるので、GitHubにコード載せて終わり、のような世界になるかもしれません。
とはいえこれは我々の研究の話で、ラボラトリーオートメーション自体は既に実現している自動分注機や、勤怠の打刻や試薬管理、実験ノート管理の自動化など、もっと近い未来に実現できそうなものも含んでいます。
私たちの開催しているLADECに参加いただけると、そのような「未来との距離感」が掴めるのではないかと思っています。
ラボラトリーオートメーション研究会(LASA)
ここまで読んでくれた方はかなりラボラトリーオートメーションへの興味が出てきているのではないかと思います。神田さんが運営されているラボラトリーオートメーション研究会(LASA)の活動内容などをお伺いできますでしょうか?
元々は、実験の自動化はいろんなところで分散的に行われていて各自孤軍奮闘しているような状況でした。2019年の春にそんな人たちで集まって勉強会できるといいよね、と集まったのが始まりです。
活動としては550人ぐらい参加してくれているDiscordのコミュニティがあり質問掲示板のように機能しているのと、月1の勉強会の開催、また年一回のカンファレンス(LADEC)の開催などがあります。
現在はいずれのイベントも完全オンラインでの開催となっていますが、コロナ禍が落ち着いたら合宿やキャンプ、ハッカソン、分野外の方向けの生物学実験実習やラボツアーなどオンサイトの取り組みも色々仕掛けていく予定です。
何らかの形で関わってくれた人は既に1500弱居るので、3年目にしてはかなり盛り上がってきています。特徴としては企業とアカデミアの人たちがいいバランスで参加しているのが特徴で、実際にユーザーの製薬系企業だけでなくハードを作っているメーカー、またラボラトリーオートメーションの導入コンサルティングのような方々にも参加してもらっています。
産学連携で新しいことやりましょう!という点で、NGS現場の会*がすごくいい取り組みだと思っていたので、運営の参考にしています。
*NGS現場の会: 2011-2017に5回行われた、次世代シーケンサーに関する情報共有のためのカンファレンス。日本全国の参加者が家の近くのソメイヨシノの花の細菌叢をサンプリングし、共有したデータをさまざまな参加者が解析する「お花見メタゲノムプロジェクト」など、先端的な取り組みが多数行われた。
NGS現場の会、僕も大好きでした。専門家から何もわからない人まで、NGSに興味ある人は全てウェルカムな雰囲気と、「これからこのコミュニティからイノベーションが生まれる!」という熱量がありましたよね。
やっぱいろんな人がいるのが大事ですよね。例えば生物学では10年ほど前から「ウェットの実験とドライの情報解析両方できる人を育てるのが重要」とずっと言われてきましたが、結局そんな人はたいして育っていない。
ラボラトリーオートメーションだとさらにハードウェアの知識も必要です。二刀流すら会得するのが難しいのに、三刀流の人間を作るのは現実的ではないです。なのでその部分はコミュニティの集合知で補うという風に割り切り、ウェット/ドライ/ハードウェアに関わる人それぞれが参加して、他分野の知識をつまみ食いできるような、そんな場を目指しています。
二刀流は宮本武蔵のような天才なら会得できますが、三刀流となると某ジャンプ漫画の世界ですもんね。NGS現場の会ではお花見メタゲノムをはじめ色々と先端的な取り組みが行われたと思うのですが、LADECでも何か特別な取り組みや、イベントなどは行っているのでしょうか?
例えばZOOMで漫然とオンラインカンファレンスやるだけだとつまんないので、in-houseのシステムをDiscordと連携して、リアルタイムでコメントが流れるような配信システムを使っています。これだと聴衆の反応が分かるので発表者からしてもやりやすいし、聞く側も能動的に参加できるのでセッションに熱が生まれます。
楽しそうですね〜!普通の学会だとどうしても聞きっぱなしになっちゃって眠くなりますもんね・・・
あとオンラインならではの取り組みとして「絶対に会場に持っていけないものって何だろう?」と考えた時、やはり実験装置だろうと。
次のLADECでは「見る👀聞く👂触る✋ 現場からまなぶ自動化の実際」と銘打って、実際に自動実験システム(自動分注機)を使ったライブ実験を企画しています。
企業のデモだとやはり成功例しか見えませんが、準備の手間や、失敗例なども含めて実験自動化の現在の一番リアルな部分を実感してもらえればと思っています。
ライブ実験、いかにも楽しそうです!確かに、これまで何度か「まほろ」の話なども聞いたことがあったのですが、実際に使うとどうなのかな、というところはあまり知ることができなかった気がします。
これまではある程度綺麗な情報を提示して、実験自動化に興味持ってもらう人を増やして世の中を盛り上げなきゃいけなかったんですね。
しかしそのフェーズはもう終わっていて、これからは実際に使うユーザーも増えるので、もっと泥臭い情報をきちんと提示するフェーズに入っていると思います。
現在の実験自動化のリアルと、未来のあるべき姿と、そこにはどんなスピードで向かっているか?というのをコミュニティで考え、現実とかけ離れた夢を見てる人には正しく失望してもらいつつ、それでも一歩ずつ前進していけるようなイベントを目指しています。
夢の時代は終わり、現実の時代が到来しつつある過渡期であるということと、過渡期ならではの熱量があることがとてもよくわかりました。本日はインタビュー、ありがとうございました!
LADEC2021、来月開催です!
世界を変えるのには、「ヒト」と「熱」が重要で、それは短期的/局所的に生じます。生命科学ではAlphafold2の熱狂などは記憶に新しいかと思います。今回のインタビューを通して、ラボラトリーオートメーションの世界もまた、生命科学の広範な分野に変革をもたらそうという大きな熱量を持っていることが垣間見えました。
そんな生命科学の最もホットなコミュニティであるラボラトリーオートメーションの集会、LADEC2021が2021年12月18日(土)に開催されます!
参加費無料、オンライン開催!
非常に開けたコミュニティなので学生から若手研究者、教員まで、あらゆる方の参加を歓迎とのことです。分野としても生命科学/情報科学/工学など、様々な人が集まる場ですので、全員が初心者として、大人も若者も一緒に楽しく勉強できるようなイベントになるのではないでしょうか!
カンファレンス参加者はDiscordコミュニティへの参加も可能です。
【開催概要】
名 称 Laboratory Automation Developers Conference | LADEC2021
会 期 2021年12月18日(土)
会 場 オンライン開催
主 催 ラボラトリーオートメーション研究会
後 援 産業技術総合研究所・人工知能研究センター
東京大学・先端科学技術研究センター
科学技術振興機構(JST)
大会長 光山 統泰(産業技術総合研究所・人工知能研究センター)
言 語 日本語
参加費 無料
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