古来より生命系の博士人材にとって、大手製薬企業は民間企業就職の有力な選択肢です。
しかし最近は研究業界においてもベンチャー就職の選択肢が増えてきており、「大手製薬に行くか、ベンチャーに行くか?」といったことを考えている人も多いのでは。
しかし、ITエンジニアと異なり、生命科学系のベンチャー就職に関しては情報が乏しい現状もあります。実際、研究者の就職における大企業とベンチャーの違いってどのあたりなんでしょうか?
そんな訳で今回は、中外製薬の研究者を経て株式会社digzymeにCTOとして参加した中村祐哉さんと、CEOの渡来直生さんにお話を伺いました!
参加者
お相手はこの2人。digzymeの「掘る」というイメージに合わせた、ヘルメットを被った創業メンバーの写真がいい感じです。
株式会社digzyme CTO 中村祐哉 さん: 東京工業大学在学中に株式会社digzymeを共同創業し取締役CTOに着任。博士課程修了後は中外製薬株式会社にて研究開発を経験。
株式会社digzyme CEO 渡来直生さん: 東京工業大学在学中に株式会社digzymeを共同創業し代表取締役CEOに着任、博士課程修了。
digzyme創業時のタイムライン
本日、よろしくお願いいたします。中村さんは、digzymeの共同創業者でありつつ、中外製薬の研究者を経てdigzymeに参加とのことですが、どんな経緯だったんでしょう?
渡来さん&中村さん: 我々の起業の経緯も関係するので複雑なんですが、概ねこんな感じです。
なるほどわかりやすい。東工大の大学院の同期2人をコアメンバーにスタートアップを創業して、その一方が既に大手製薬企業に内定が決まっていた、という状況だったんですね。
中村さん: そうです!経団連の新卒採用スケジュールが適用されるのは修士課程までなので、製薬企業だと博士新卒限定で、前倒しで採用活動を行うところがあるんです。その枠で二社応募して、決まったのが中外製薬でした。
D2の段階で内定が出ている人も珍しいと思いますが、起業するのはもっと珍しいですよね。渡来さんはどんな経緯で起業を考えたんですか?
渡来さん: 僕はいわゆる民間就職は考えておらず、アカデミックキャリアを進むか、産学連携関連の仕事をするかで考えていました。産学連携の仕事を体験するために他大学のTLOでインターンしていたのですが、その中で「裏方として起業のサポートをする前に、自分で起業した方がいいのではないか」と思い、起業の検討を始めました。
中村さんは創業準備の段階からdigzymeにコミットし、実際に共同創業者としても参画していますが、将来的にフルコミットすることを前提に考えていたんですか?
中村さん: そこは結構悩んでいましたね。とはいえ、大きな民間企業の経験もしてみたかったので、内定を蹴ってdigzymeにいきなりフルコミットする選択肢はなかったです。
大学院時代の先生で兼業でベンチャーに関わっていた人がいたこともあり、最初は「兼業でも関われるんじゃないか?」と考えていたのもあります。
しかし立ち上げに関わる中で、中外製薬の入社直前には、将来的にはdigzymeに移る気持ちがかなり強くなっていました。入社前の12月に先方に事情を伝え兼業申請を出して、入社する際も「ここで学んだことをdigzymeで活かそう」という気持ちがありました。
民間企業での経験
博士とはいえ新卒採用だと、いわゆる「配属ガチャ」とかがあったんですかね?
中村さん: そうですね。研究所に行くことだけが決定していて、実際にどこに配属されるかはわからないポストでした。バイオインフォマティクスの需要が唯一あったのが一番基礎研究寄りのグループの創薬基盤研究部だったので、そこに配属されました。簡単に言えば創薬の種を探すチームです。
製薬企業の基礎研究チームは、アカデミアの研究者が民間就職する上で人気のポジションですね。将来的にはベンチャーに移ることも見据え、キャリアパスの一環で大企業の研究者を選ぶような選択は今後増えそうです。具体的にはどんなことが学びたくて大企業を選んだのでしょう?
中村さん: もともと漠然と「社会人とはなんなのか」みたいなところを学びたいと思っていたのですが、これは研究者として就職してしまうとあまり経験できませんでしたね。社外の方とのやり取りや事務的な部分に触れることが基本的にないので、研究だけやってればいいという点ではある意味アカデミアと近い環境でした。
それ、ほとんどの研究者にとっては夢のような環境ですね!笑 今につながるような学びとしてはどのようなものがあったのでしょうか。
中村さん: まず、digzymeは大手と組んで事業を行っているので、共同研究先の大企業の気持ちが分かるようになったのは大きいですね。また、研究チームの組織構造や人事の仕組みなんかを知れたのも良かったと思っています。
中村さんとしてはdigzymeに戻らないという選択肢もあったかと思うのですが、中外製薬を離れたのはどの辺りの理由なんですか?
中村さん: 就職して気付いたんですが、そもそも自分は大企業に長くいるタイプの人間じゃなかったんですよね。製薬研究って、一個の薬を作るのに10年単位の途轍もない時間がかかるんです。一つのテーマに集中してずっとやるより色んなことに手を出したいタイプなので、digzymeがなかったとしても転職していた気がします。
実際に就職して、大企業のイメージが変わったところはありますか?
中村さん: コロナ禍の2020年4月に入社したのですが、その時点でリモートワークはすごく整備されていて驚きました。当然WETの実験やってる人たちは出勤していましたが、DRY解析をする分にはほぼ出勤せずに済んでいましたね。
逆に大変だった点で言うと、セキュリティ関係ですかね。会社で使っていいソフトウェアが決まっていたり、インターネット接続も簡単にできなかったり。研究で言えばヒトゲノムなどを扱うときは本当にセキュリティが厳しくて、自分のアイディアで何か新しいことを始めようとするとかなり手続きが大変になります。逆に言うと、その点を除けば技術的にはベンチャーでも大企業でも大きな違いはなかった印象です。
ベンチャー企業の魅力
創業当時のお二人と、ロジカルシンキング中の中村さん
中村さんにとって、ベンチャー企業ならではの魅力、というのはどのあたりなのでしょうか。
中村さん: ベンチャーは「一番出口に近い研究をするところ」という感覚ですね。 僕自身が工学博士で、手を動かしながら「これはどう役に立つのか」を常に考えるような工学的な研究が好きなので、その点は肌に合っています。
渡来さん: CTOなのでこれからは手を動かす機会どんどん減っていくと思うけど、その辺りはどう思ってるの?
中村さん: まず、「自分で手を動かす」のと「人を使って研究を進める」のは近いプロセスだと感じています。バイオインフォマティクスではソフトウェアのパイプラインを構築するのが重要ですが、この「ソフトウェア」を「ヒト」に置き換えるとマネージャー業ですよね。
パイプラインを構築する上で重要なのは個々の処理をブラックボックス化させず、中で起きていることを全部把握しつつ処理を走らせることなので、それができるなら対象はソフトウェアでもヒトでも関係ないのかな、と思います。
とはいえ、手を動かすのは好きなので、何らかの形でずっと実験には関わりたいですね!
CTOの鏡のような台詞ですね!笑 digzymeはWETもDRYもやっていて、技術的な部分を全て理解するのは結構大変そうに思うんですが、どうなんでしょう?
現状、WETの実験は自分でも経験あるものが多いのでそこまで大変ではないですね。WETは原理の理解だけならそこまで辛くないことが多いので、「自分でやったことのないDRY解析」のインプットが一番大変かな、と思っています。
役員が技術の理解に強い思いを持っていると、研究者としてもやりやすそうです。digzymeでは現在もメンバーを募集していますが、どういう人にとって向いている職場だと思いますか?
中村さん: digzymeは博士課程の同期がCEO/CTOとして創業し、コアメンバーもアカデミア出身者ばかりです。社内文化がアカデミアに近いので、そこを魅力的に感じてもらえる人にはいい職場だと思います。
アカデミアだと試験管レベルまでの事象を考えれば良いのに対し、企業はもっと先のことまで考える必要があります。論文だと2,3行のイントロで済む社会実装の部分をひたすら突き詰めて考えなければいけないので、そこも含めて楽しめる人だと良いですね。
確かに、初期の役員が全員アカデミア出身者というのはバイオベンチャーでも結構珍しい気がします。「アカデミアの文化は好きだけど企業に行きたい人」は結構居そうだと思うのですが、論文とかも書けるんでしょうか?
渡来さん: これは難しい質問ですね。論文書くのは結構時間がかかるので、例えば現状でメンバーに「3ヶ月あげるから論文書いて下さい」と言うのは厳しいです。なので無責任に「書けます!」とは言えません。余裕出てきたらそういうのもやりたいですけどね。
技術習得のために使ってもらえるのであればそれでも構わないと思っていて、例えばWETを中心にやってきた人がdigzymeでDRY解析を学んで、その後のキャリアチェンジに活かすとかもいいかもです。実際に、DRY解析の初心者だったメンバーも勤務を通してアルゴリズムに関して結構分かるようになってきたので、学ぶ環境としてはいいんじゃないかと思います。また、digzymeで技術の社会実装プロセスを学んだ上でアカデミアに戻ると、それはそれで面白いキャリアを歩めるんじゃないかと思っています。
終わりに
ベンチャーへの就職で一般的に言われることとして、社内文化や目指す世界観へのマッチングが重要になります。
ディープテック系のベンチャーは増えていますが、完全に研究者主導で創業しているケースはそこまで多いわけではありません。digzymeは共同創業者の3名が同じ研究室の博士の同期と教員なので、「研究室発ベンチャー」という側面はかなり強いのではないかと思います。
digzymeではtayo.jpにてバイオインフォマティクス分野の研究者の募集も行っているので、興味ある方はカジュアルにお話し聞いてみてはいかがでしょうか?
・進路に悩む生命科学系の若手研究者や大学院生
・起業を考える研究者や漠然と研究成果の社会実装に興味がある人