Kukulcan物語 第1章・4話「突然の韓国編―ようこそ韓国へ」

名探偵コナンのアニメシナリオライターが描く、若き研究者たちのスタートアップ創業ストーリー! 新世代のエコノミック小説! 起業の悪戦苦闘や苦悩、喜びを描く。 インスパイア元は、実在のスタートアップ株式会社Kukulcan。Kukulcanはあらゆる形でのご支援を募集しておりますので、ご興味がある方は、ぜひご連絡を! 

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作家名:照柿

この小説について by 株式会社tayo 代表取締役 熊谷洋平

半分tayoの活動、半分は熊谷の趣味として難民研究をしている文系博士と農学系の研究者をそそのかしてマッチングしてアグリテックのベンチャーを作る、ということをやったところ、先日その会社から突然小説の原稿が送られてきました。ふざけているのかと思いましたがメンバーに名探偵コナンのアニメシナリオライターがいるらしく、だいぶ本気のようです。持ちうる人的資産を余すところなく使うのはベンチャー企業の鉄則なので、メンバーにプロのモノカキがいたら小説を書くのは正解なのかも知れません。うちの会社だけ実名で出てきてますがとっくに恥の感覚は麻痺しているので、いっそ弊社のメディアで公開することにしました。謎に包まれたtayoの活動の一端がわかるのではないでしょうか。僕(みたいな人)もガッツリ登場する生々しいスタートアップ私小説、お楽しみください。

メインキャラクター

  • ヤン・ミナ CEO・女性、文化人類学研究者
  • 外田雪人・旧帝大の研究者。農学博士かつAIの研究をしている。
  • 熊谷世一・株式会社TAYOの社長。
  • 羽柴大智・株式会社シルバー・フォックスの役員、投資家。

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません

突然の韓国編―ようこそ韓国へ

 株式会社TAYOの熊谷社長が紹介してくれたのは、韓国が拠点となっているベンチャーキャピタルの担当者の女性だった。

「いや、僕もよく知らない人なんだけどね。たまたま一昨日のパーティで知り合って、ミナさんの会社と、ミナさんが韓国ルーツであることを話したら、『一度、連絡をくれ』と言われてね」

「は、はあ……」

 よく知らない人を紹介するなよ、と心の中でミナは思いつつも、これはこれでスタートアップ『あるある』だなあ、と思い直す。ミナは起業をするまで「スタートアップ」という単語も、こんな業界があることも全く知らなかった。一つひとつ、失敗をしながら積み上げていった。

 ――ミナ流スタートアップ金科玉条の第一条、人とはできるだけ繋がること。

 色々なつながりや紹介から、ビジネスの好機を見いだせるかもしれないからだ。

 これは今、ミナが70社ほどの日本のVCを回る中で頭に浮かんできた適当な金科玉条だが、ある意味、本当だ。

「じゃ、連絡取ってみます」

 熊谷社長に礼を言って、電話を切った後、ミナはすぐにその担当者の女性に連絡を入れた。

***

「まさか昨日の夜、連絡を受けたと思ったら、翌朝にはいきなりソウルに飛ぶことになるとは……。ミナさんと会社を立ち上げてから、完全に人生が3倍速だな」

 仁川国際空港の到着ゲートで、空港名物『入管の長蛇の列』に並びながら、外田はぼんやりと呟いた。

 ――これもスタートアップ『あるある』だ。

 すべてが2倍速どころか、3倍速で物事が進む。

 普通の会社ならば、稟議書なりなんなり出して、話がややスローペースで進むところが、スタートアップの会社の場合、即断即決でスピード感をもって進めなければならないことがあまりに多い。

 ミナ流スタートアップ金科玉条の第二条『命を燃やして、生きる時間の濃度を3倍にしろ(下手したら10倍)』

 ミナはパスポートを出しながら、外田に答える。

「このスピード感に慣れてください。まあ、とはいっても、今回は面談だけですから、そんなにすぐに決まらないとは思いますが……。あ、ちなみに、今回はついでにシルバー・フォックスの韓国支部と、面談の予約が取れた他のVC、4件回りますよ」

「ソウルを観光する暇もなさそうですね」

 そんなことを言いつつ、外田はどこか楽しそうだ。研究者のわりには、外田は動きが早い。ミナの即断即決について来られる、異様なスピード感がある貴重な男でもあるのだ。

「スタートアップは3倍速で進みますからね!」

 次の日には、ミナは自分の言葉を後悔する羽目になる。

 なぜなら――日本のベンチャーキャピタルやスタートアップの『速さ』が、日本の一般的な会社よりも『3倍』ならば、韓国のベンチャーキャピタルは『30倍』であることを思い知ることになるからだ。

「それじゃ、私はあっちなので」

 そう言って、ミナは『韓国旅券』の入管ゲートを指差す。

 驚いたように外田が顔を上げた。

「え、こっちの列に並ぶのは僕だけ?」

「そうです。外田さんは外国人用レーンですからね。仁川空港名物の外国人用ゲートの『入管の長蛇の列』を楽しんでください。私は先に入国して、カフェでミーティングしてますから」

***

 一時間後、韓国に入国した外田とともに、国際空港から空港鉄道と呼ばれる路線に乗り込んで、ソウル・ステーションへと向かう。

「しかし、すごい列だったなあ……」

 電車の中でまた外田がMacBookをいじりながら呟いた。ソウルに来ても、電車でも、彼はずっと研究と仕事をしている。

 外田を見ていると、研究がライフワークというより、研究のための存在が外田という男の身体を借りて生きているようにも思えるぐらいだ。

「ですねえ。韓国は最近、訪韓する外国人数が増えてますから。インチョンとキンポ国際空港だけじゃキャパが足りないのかもしれないですね」

「韓国の景気が良い、とは耳にしていましたけど、どうやら本当みたいですね。インチョン空港も豪華だったし、こうやって電車から外の光景を見てても、コロナ前にソウルに来た時よりもビルが増えているな……」

「まあ、急激に発展していますから」

 そう答えながら、ミナは複雑な気持ちになった。

 ミナは韓国籍で、韓国の大学院を出ている。在学中に韓国の政府から調査の仕事を受けたこともあるし、企業から仕事を受けたこともある。

 なので、韓国という国の『熾烈』と表現していいほどの、競争社会ぶりを知っているからだ。

 競争社会ぶりは、学歴や職歴のみならず、ありとあらゆるところに浸透している。日本だって弱肉強食の社会だ、と言われるが、韓国社会はその数倍、いや、数十倍、競争社会だと断言してもいいだろう。

 社会が発展しているのはその熾烈さのおかげとも言えるが、同時に失敗して脱落する者も多い、ということだ。

 実際、そのせいで韓国内での格差は急激に拡大しているし、一度、失敗したら、なかなかリカバリーがしづらいというところもある。

 ――競争社会の光と闇だなあ、とミナは発展し続けているソウルの光景を見るたびに思うのだ。

 その競争社会で、さらに競争社会の申し子とも呼べるベンチャーキャピタルの担当者と直接、面談する、と思うと、ヒュッと胃が冷えるような気持ちになった。

「まあ、夕方から面談なので、とりあえずホテルに荷物を置いたら、昼飯がてらに広蔵市場(カンジャンシジャン)に冷麺でも食べに行きましょうか」

「やった。僕、冷麺好きなんですよね」

 ホテルに訪れた後、広蔵市場の屋台で冷麺を食べながら、外田と夕方の面談に向けての打ち合わせをする。

「市場にも観光客が多いなあ」

 ソウル本場の冷麺を食べて、その手加減なしの辛さに目を白黒させながら、外田が周囲に目を走らせた。

「そうなんですよ。3ヶ月前より増えているかも」

 ソウルに程近い近郊に親族が住んでいることもあって、ミナはよく韓国にやってくる。韓国語が出来るので、ミナ本人としては日本国内を旅行しているのとさして変わらない気分だが、外田にとっては違うだろう。目にするもの全てが興味深いようだ。

「街中の大通りの横断歩道、いたるところに日差しよけのための大きな緑の傘がありましたね。あれ、コロナ前には無かったような……」

「最近、設置したんですよ」

「日本も設置してもいい気がしますね。最近の夏は本当に信じられないぐらい暑いし……」

 そこから、自分たちが開発している『栽培AI』の話へと発展していく。

「僕は思うんですけどね、この温暖化が引き起こす異常気象は僕らにとって追い風になると思うんですよ」

「というと?」

「今の日本は気候が変わって、二十年前の日本とはまるで違うでしょう。例えば、関東地方の夏は二十年前は温帯性気候だったけど、今はほぼ亜熱帯気候になっていると言ってもいい。夏のゲリラ豪雨は、豪雨というよりスコールだ。……ということはですよ、栽培に適した作物が変化しているということです。一昔前なら埼玉でマンゴーやドラゴンフルーツは収穫出来なかったかもしれないが、そのうち埼玉でもビニールハウス無しにマンゴーを栽培できるようになるかもしれない」

「ああ、なるほど。でも、埼玉の農家はマンゴーの栽培のノウハウがないから、私達の技術が必要になるってことですね」

「そういうことです。その上、収穫量も正確に推し量ることが出来るなんて技術は僕ら以外に持っていない。その素晴らしを投資家に推していくと良いと思うんですよ」

「確かに……」

 外田と話しながら、ミナは頭の中で面談用に用意した資料のことを考える。

 話の内容はもちろん資料に反映済みではあるが、そこをもっと強調して推したほうがいいな、と思い直した。

 市場の屋台でMacBookを取り出して、すぐに資料を書き換えていく。

 これもよくソウルの街中のカフェやレストラン、屋台で見る光景だ。ビジネスパーソンは365日24時間稼働中。

 ミナ流スタートアップ金科玉条、第三条――付け加えることや不安要素を感じたら、資料はすぐに直せ、である。

***

「ココア・ベンチャーズにようこそ」

 ソウルの金融街汝矣島(ヨイド)にある、出来立てホヤホヤのビルの一室で出迎えてくれたのは、ココア・ベンチャーズの出資担当で、ミナと連絡を取っていた女性、イ・ハニさんだった。

 前にZoomでミーティングした通り、彼女は絵に描いたように美しい才女だった。長い黒髪を綺麗にカールさせてて、完璧とでも表現したくなるぐらい、一部の隙もないような容姿をしている。

 無論、容姿だけではなく、ミーティングで30分話しただけだが、驚くほど聡明で、頭の回転が速い。

(日本もそうだけど、韓国のベンチャーキャピタルにいる人は、本当に見た目も中身もパーフェクトって感じだな……)

 そんなことを思いながら、ミナは自分の前髪を思わず少し直してしまう。

 ベンチャーキャピタルというか、金融の仕事についている人たちは、みんなどこかしらストイックな性質をしている。自己研鑽を怠らず、常に冷静沈着で、情報のアップデートを常日頃から心掛けている印象がある。

 韓国語で挨拶を交わした後、ハニさんは外田の様子を見て、即座に英語に切り替えてきた。

「英語で面談にしましょうか。そうだ、2時間ほどお時間を取っていますから、もし、途中で休憩を挟みたくなったら言ってくださいね」

「え、2時間?」

 ミナは思わず聞き返した。

 日本のベンチャーキャピタルを70社ほど回った経験上、初回の面談でそこまで時間を取るところは少ない。大体が30分、長くて1時間というのが普通だろう。

 ハニさんは笑顔で頷いた。

「ええ。初回の面談後、審査に入りますから。三日ほど待っていただければ、今回の内容が投資に値するかどうかの結論が出ます。値すると結論が出たら、投資委員会に進みます」

「え、二回のピッチで投資が決まるってことですか」

「はい、その通りです。大体、三日ほどで結論が出ますから、一週間以内で全てが決まりますね」

 ――結論までのスピードが速すぎない!?

 日本の場合、投資委員会で投資の是非の判断が下るまでにおおよそ最低でも一ヶ月はかかる。それでも新幹線のような速さだと思っていたが、韓国のベンチャーキャピタルの速さはもはやロケットエンジン並みの速さだ。

「そ、それは……早くてありがたいです……」

 そう言いながら、面談するための部屋の中に足を踏み入れると……すでに社員二人が待っていた。

 そう――なんと、初回の面談だというに、ココア・ベンチャーズは三人体制でミナを待ち受けていたのだ。

【続く】

熊谷コメント

知り合いに韓国のVCを紹介したことはない (繋がりもない) ので舞台装置と化していますね。ただよく知らない人を紹介することは多いのでノリは概ねこんな感じではあります。VCの人は見た目いい人が多いのはスタートアップあるある。「市場の屋台でMacBookを取り出して、すぐに資料を書き換えていく」みたいなのもリアルな情景が浮かびます。kukulcanと照柿先生にご興味ある方は下記よりお気軽にお問い合わせを。

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