名探偵コナンのアニメシナリオライターが描く、若き研究者たちのスタートアップ創業ストーリー! 新世代のエコノミック小説! 起業の悪戦苦闘や苦悩、喜びを描く。 インスパイア元は、実在のスタートアップ株式会社Kukulcan。Kukulcanはあらゆる形でのご支援を募集しておりますので、ご興味がある方は、ぜひご連絡を!
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作家名:照柿
メインキャラクター
- ヤン・ミナ CEO・女性、文化人類学研究者
- 外田雪人・旧帝大の研究者。農学博士かつAIの研究をしている。
- 熊谷世一・株式会社TAYOの社長。
- 羽柴大智・株式会社シルバー・フォックスの役員、投資家。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
オスカー・シンドラーに私はなる!
「融資は出来ませんね」
銀行担当者の声は冷凍庫の奥で凍っているカチカチになったベーコンよりも冷たかった。
スタートアップ企業への創業融資を大々的に謳っている銀行だというのに、素っ気なさすぎる返答だ。
ミナは驚いて聞き返していた。
「え、なんでです? 書類に不備がありました? もしくはビジネスプランにどこか欠陥が……」
担当者は書類に目を落とすと、どこか失笑するように唇を歪めた。
「アグリテックって農業でしょ。農業系はあまり期待が出来ませんし……それに外国籍の方への融資は審査が厳しくなるんですよね」
***
(地獄に!!!!!! 堕ちろーーーーー!!!!!!!!)
帰り道、ミナは何度となくこの言葉を胸の中で叫んだ。
家に帰ってきたミナは、冷蔵庫を開けて、ビール缶を開けて一気飲みする。
なぜ銀行から創業融資を借りようという話になったのかというと、それは外田の案だった。
初期は銀行から創業融資を借りて、このビジネスのプロトタイプ(試作品)が組み上がった時に、ベンチャーキャピタルを回って投資を受けていこう、という案だった。
しかし、「日本で一番、創業融資が借りやすい」と言われていた銀行であの返答である。
他の銀行も色々と回ってみたが、やっぱり同じ返答だった。
外田とオンラインミーティングでそう報告すると、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「……銀行からの創業融資は全滅ですか」
「無理ですね。農業って聞いた途端、みんな嫌がっちゃって……」
二人共、無言になる。
しばらくの間の後、外田が口を開いた。
「じゃあ、作りましょう! 栽培AIの試作品を!」
「え、開発費用はどうするんです?」
「とりあえず手持ち弁当で開発を始めます」
「本気ですか?」
ミナが驚いて、そう尋ね返すと、外田が肩をすくめた。
「まあ、その間にミナさんがベンチャーキャピタルを回って、投資を取り付けてくるんですよ。これでどうでしょう?」
「マジで?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
外田は当然です、という顔で答えた。
「マジです。僕は開発。ミナさんは投資を取り付ける。シンプルで効果的なプランだ」
オンラインミーティングが終わった後、ミナは一人、自宅のテーブルの上で頭を抱えて突っ伏していた。
(オスカー・シンドラーに私はなる……って大言壮語しちゃったけど……なかなか前途多難だ……)
外田と意気投合し、ベンチャー企業を立ち上げよう!という話になったのはいい。
そして「世界のどこでも初心者が農作業に従事できる、栽培AI」を作ろう!という話になったのもいい。
しかし、肝心なのは「開発費」をどこから集めるか、である。
外田の構想は、とんでもなく壮大で、チャレンジャー精神溢れるものだが、そのコンテンツを作るのにどれだけの開発費用がかかるか。
ミーティングの際、外田と二人で計算してみただけでも目眩がした。
なかなかの金額が必要になってくる。
(栽培AIを開発して、ちゃんと利益を出せるようにビジネスプランを練り直さなきゃ……)
ビジネスプランを練り直すーー口で言うのは簡単だが、実際に考えてみると、その難しさに気が遠くなるだろう。
そして、その後は「本当にそのビジネスプランで大丈夫?」という検証をしていかなければならない。
ここでスタートアップ界隈に現れる単語が―――ビジネス用語で言う、『PoC』と『プロトタイプ』だ。
初めてこの単語を見る人は、「なんじゃそりゃ」だろう。
スタートアップ界隈や、会社の開発部や経営企画部以外の人には耳慣れぬ言葉に違いない。
とはいえ、そのこれらの単語の目的は至極簡単である。
「それって、本当に必要とされて、利益が出る製品なの?」を証明すること。
それでは、まずは『PoC』を説明しよう。
『概念実証(Proof of Concept:PoC)』という物々しい言葉が正式名称だが、要するに、『このアイデアって実現できるの?』である。
アイデアが浮かんだ場合、まず最初に必要になるのが「PoC」だ。
『PoC』はあなたの頭に浮かんでいるアイデアを、予算内で必要最低限の機能を備えたものを用意することである。
そして、そのアイデアの有効性を検証すること。
スタートアップ界隈でよくされているPoCの説明だとややこしいので、あなたがアメリカでテレビドラマの制作をしているプロデューサーだとしよう。
「よし、ギャング稼業の一家のTVドラマシリーズを制作しよう!」というアイデアが浮かんだとする。
このアイデアそのものが「概念」だ。
通常、ハリウッドなどでTVシリーズを作る際、『パイロットフィルム』と呼ばれるものを作るケースが多い。
パイロットフィルムはTVシリーズの場合、第一話のみを制作し、ごくうちうちで試写会する。相手は重役やごく少数の一般人の観客だ。
彼らや彼女らが観てみて、全体的に好評ならGOサインが出る。
不評だったら、その第一話はお蔵入りで、二度と世に出ることはない。
――そういう恐ろしいシステムである。
あなたはその試写会で披露する『パイロットフィルム』(PoC)を作るために、手持ちの予算でキャストやスタッフを揃え、シナリオを用意し、スタジオやロケ場所を抑え、機材、大道具、小道具を取り揃えて、ドラマの撮影をする。
TVドラマシリーズの第一話分のみを作り終えるのだ。
この一話分を取り終えていることで、あなたは重役に「自分はこのTVドラマシリーズを全部で十三話作る実力とコネクションを兼ね備えてますよ」というのを示して見せることができるし、ごく少数の観客の反応を知ることが出来る。
(※余談だが、ハリウッド映画の撮影は平均3ヶ月から6ヶ月と言われている。なお、シナリオのみ、企画書のみの構想期間も含めて、「構想20年!」という風に宣伝する場合もある。80年代の景気の良い時代は、シナリオのみをプロデューサーが銀行に持ち込んで融資が受けられるという噂もあったりした)
重役の評判が良かったら、あなたは残りの十二話分の制作費を出してもらえる。(スタートアップ界隈風に表現すれば、追加投資を受けられるかもしれない)
少数の観客も、あなたの作ったTVシリーズの第一話目が気に入ったようだ。
それならば、問題はない。次の段階に移行すればいい。
でも、もしも、この試写会で「ギャング稼業一家の話って聞いてたけど、銃で撃ち合うシーンとか少なくない?」と重役と観客の感想で大量にあった場合、あなたは判断を迫られることになる。
「ドラマシリーズに、銃撃シーンをもっと追加するべきか、否か?」
ここであなたは「銃撃シーン」を追加することに決めて、第一話を作り直し、また再度、試写会をする。
そこでの反応が概ね良好ならば、次の段階に移行する。
さて、次の段階は『プロトタイプ』だ。
『プロトタイプ』はスタートアップ界隈では、プロダクトを実際にエンドユーザーが試してみることだと言われる。
そのプロダクトを使用してみた人からの感想を聞いて、最終製品がどのようなものになるかをお得意先や株主に示すための最終製品である。
つまり、あなたがドラマのプロデューサーだった場合、銃撃シーンを追加した第一話から、TVドラマシリーズの最終話である十三話までを撮影して、重役やまた少数の一般人の観客たちを集めて、試写会するのである。
この時、重要になってくるのが、一般人の観客(つまりエンドユーザー)の感想だ。
感想をただ聞くのではなくて、このドラマシリーズにお金を払うかどうかがを探る必要がある。
「このドラマシリーズを見るために新しいサブスクに契約しますか?」とか、「このドラマシリーズのグッズを買いますか?」とか、「ロケ地に行ってみたいですか?」とかを質問項目に入れてもいい。
ここで質問への反応がとても良ければ、何も問題ない。
ただ、ここで反応が微妙で、一般人の観客たちから「銃撃シーンよりも、恋愛パートの方が印象に残った。恋愛パートが多かったら、新しくサブスクを契約する」とか、「もっと恋愛パートを見れたら、グッズを買うかもしれない」という意見が続出したら、あなたは最終判断をしなければならない。
つまり、テレビドラマシリーズ全体に「銃撃シーン」よりも「恋愛シーン」を増やすべきか、否か、をだ。
一話目から十三話目までを全編を制作した後に、追加シーンや修正を入れるのは大変だが、必要なときもある。
しかし、ここで難しいのが、人間の心は複雑だ。
素人の観客の意見に従って、銃撃シーンを減らして、恋愛パートを増やしたことで逆にこのテレビドラマシリーズが大失敗する可能性もある。
――ここがスタートアップのCEOの判断のしどころだ。
素人にすぎない一般人の意見に従って、恋愛パートを増やすべきか、それともその意見を参照にしつつも、自分の勘を信じて賭けてみるか。
正直、どっちが成功するという保証もない。
さあ、あなたはどっちを選ぶ?
大したことじゃない。
正解の方向性を選べなら、TVドラマシリーズは大ヒットして、あなたは億万長者。
間違えた方向性を選べば、破産申請をすることになる。
それだけの話だ。
***
「それだけの話であるわけないでしょーー!」
ミナは一人、夜空に叫んだ。(心の中で)
外田はすでに自己資金でもいいから、栽培AIを作るんだと言って聞かない。
研究のためなら海の上でも走って渡っていきそうな暴れ馬開発者を抑えながら、ミナはベンチャーキャピタルを周って資金調達をして、開発費を集めなければならないのだ。
しかし、そうそう誰しもベンチャーキャピタル(VC)に知り合いがいるわけではない。
(まずは……羽柴さんに相談してみようかな。知り合いのVCを紹介してくださいって訊いてみよう)
いきなりミナのスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
なんと表示名は「株式会社Tayo」の熊谷社長である。
「もしもし、熊谷さん? どうしたんですか?」
電話に出ると、羽柴がいきなり話し始めた。
「ミナさん、海を渡るつもりはない?」
「えっ?」
ミナが聞き返す間もなく、羽柴が言葉を続けた。
「韓国のベンチャーキャピタルで、ミナさんのプロダクトに興味を持っているところがあるんだけど」
「はぁ!?」
【続く】――次回、4話は韓国編です!
熊谷コメント
前話の内容の立ち上げまではなんとなく把握してたんですけど、この辺からは完全に僕も状況把握していないフェーズなのでマジでこれからどうなるのかソワソワしながら見ています。進行中のスタートアップの実録小説はハッピーエンドなのかどうかも全くわからないのが非常にエキサイティングですね。「地獄に堕ちろ!!!!!!!!」という感覚はスタートアップで金策してると無限に遭遇するあるあるです。kukulcanと照柿先生にご興味ある方は下記よりお気軽にお問い合わせを。
contact@kukulcan.biz
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半分tayoの活動、半分は熊谷の趣味として難民研究をしている文系博士と農学系の研究者を
そそのかしてマッチングしてアグリテックのベンチャーを作る、ということをやったところ、先日その会社から突然小説の原稿が送られてきました。ふざけているのかと思いましたがメンバーに名探偵コナンのアニメシナリオライターがいるらしく、だいぶ本気のようです。持ちうる人的資産を余すところなく使うのはベンチャー企業の鉄則なので、メンバーにプロのモノカキがいたら小説を書くのは正解なのかも知れません。うちの会社だけ実名で出てきてますがとっくに恥の感覚は麻痺しているので、いっそ弊社のメディアで公開することにしました。謎に包まれたtayoの活動の一端がわかるのではないでしょうか。僕(みたいな人)もガッツリ登場する生々しいスタートアップ私小説、お楽しみください。