皆さん、こんにちは。生物科学をこよなく愛するライターの糸野旬と申します。さて、今回のテーマは生物の性転換について。
私たちヒトを含む動物には、一部の特殊な例を除けば、基本的には雄と雌の2種類が存在しますよね。しかし実に驚くべきことに、主に海で生息する生物の一部には、状況に応じて自在に性転換をはかるものがいるのです。彼らは一体何のためにそのようなことをするのでしょうか。
今回はその理由とともに、中でも興味深い3つの事例をご紹介します。
小さいときは雄、大きくなると雌になる例
①クマノミ
鮮やかなオレンジの体色が特徴のクマノミは、主にインド太平洋の熱帯に広く生息する海水魚です。イソギンチャクと相利共生の関係にあることでも有名ですね。
実はこのクマノミは、体が小さい時期は雄であり、そして成長し体が大きくなってくると雌に性転換をする魚の一種なのです。とは言え、どの個体も自由自在に性転換できるのかというと決してそうではありません。
通常、一つのイソギンチャクには複数のクマノミが共生しています。そして彼らのあいだには、主に体の大きさに応じた明確な序列が存在します。一集団の中で一番大きな個体だけが雌で、そして二番手以降は雄と決まっています。
彼らのうちで繁殖に参加できるのは、最も体の大きな雌の個体のみです。そして二番手以降の雄たちは繁殖に参加すらできず、ひたすら性転換のタイミングをうかがっているのだそう。自分より体の大きな雌が死んだり、あるいは除去されたりして自分の順位が上がると、そこで初めて性転換が可能になるということなのですね。しかしなんというハードな競争社会だ…
ちなみにこれは余談ですが、アニメ映画『ファインディング・ニモ』の主人公二モは実はクマノミではないらしいですね。実際はイースタンクラウンアネモネフィッシュという魚がモデルなのだということです。とは言えクマノミとイースタンクラウンアネモネフィッシュの見た目の違いは体表にある黒い縞の太さくらいなのだそうで、うーむ、面白いけどややこしいですねえ。
②ホッコクアカエビ
主に北太平洋の深海に生息するエビの一種であるホッコクアカエビは、透明感のある鮮やかな赤い体色が特徴です。寿司ネタでいわゆる「アマエビ」と呼ばれるもので、その名の通りの風味のある甘みが美味しいですよね。
このホッコクアマエビも、体が小さい時期は雄であり、成長し体が大きくなってくると雌に性転換をする生物の一種です。その理由は、自らの繁殖成功度を上げるためであると言われています。
ホッコクアマエビの配偶システムは、いわゆる「乱婚」タイプと呼ばれています。これは海の生物に特有のもので、正式には放卵放精といいます。このタイプの生物は、特定の時期に多数の雄と雌が一つの繁殖場所に集まり、そこで一斉に卵と精子を水中に放出するというやり方で繁殖をおこなうのです。
このような繁殖方法の場合、雌であればより多くの卵を産んだほうが断然繁殖成功度が高まります。しかし雄の場合は、放出する精子の数を増やすよりも、良質な精子を作り受精度を上げたほうが繁殖に有利となるのですね。
そのため、体のそれほど大きくない個体は、雌へ性転換をする道を選びません。雄のまま自らの精巣を発達させるという方法で、より効率よく繁殖率を高めようとするのです。
◆あるサイズを境に、それより小さいと雄、大きいと雌になるのが繁殖に有利となる
小さいときは雌、大きくなると雄になる例
③サクラダイ
※左が♂、右が♀
主に南日本沿岸に生息するサクラダイは、雌性成熟といって全個体が雌の状態で生まれてくる魚です。そして、成長して体が大きくなった個体だけが雄に性転換するという変わった特徴があることで知られています。
雌雄で体色や模様が違うのもまた面白いところ。雌はオレンジを基調とした体色をしており、背びれの部分に一対の黒色斑があるのが特徴です。しかし成長して雄になると、体色は鮮やかな赤に変わり、体表には複数の白斑があらわれます。上品なお着物の柄を思わせるようなこの姿から、海外のアクアリストからは「ザ・ジャパン」などと呼ばれ賞賛されているのだとか。
サクラダイが成長とともに雌から雄に性転換するのは何のためなのでしょうか。その理由は、彼らの繁殖システムにあります。サクラダイの繁殖は、一匹の雄が複数の雌を囲い込むハーレム形式でおこなわれるのです。
体の大きな個体であれば、雄に性転換をすると、他の雄との闘争に打ち勝って多くの雌を独占することができます。しかし、体がそれほど大きくない個体は、たとえ性転換をしても十分な数の雌を囲い込むことができません。そのため、中程度のサイズの個体は、性転換をせずに雌として繁殖に参加する道を選ぶのです。
このように、サクラダイの仲間のうちには体の大きさによる厳しい序列が存在します。実際はどの個体もその気になればいつでも雄へと性転換することは可能だそうですが、周囲に自分より大きな他個体がいる場合は委縮して、そのまま雌に留まることを選ぶのだとか。
…なるほど、周囲に気を遣って生きていかなければならないのはヒトだけじゃなく、魚社会でも変わらないようですねえ。トホホ。
◆あるサイズを境に、それより小さいと雌、大きいと雄になるのが繁殖に有利となる
海の生物たちもストレス社会に生きている
今回は、より繁殖に有利になるように性転換をはかる海の生物たちの事例をご紹介しました。海の中で優雅に泳ぐ彼らの姿を見ていると、さまざまな理不尽やしがらみに溢れた人間社会とは一見無縁のようで時々うらやましくなりますが、実際のところは繁殖を目的とした熾烈な争いが常に繰り広げられているようです。
多くの生物は体の構造上、生涯卵を作り出すことに特化した雌と、精子を作り出すことに特化した雄がともに存在するからこそ、種の存続がきちんと保たれていくという仕組みが成立しています。しかし今回紹介した例のように、自らの性を変えるという行為によってより効率よく子孫を残すことが可能になるパターンもあるのが面白いところですね。
成長段階や社会的状況に応じて性転換をはかる生物の中には、家庭で手軽に飼育できるものもたくさんあります。気になる方は、ぜひ実際にその様子を観察してみてはいかがでしょうか。
◆参考文献: 日本生態学会, 巌佐 庸他,『集団生物学』シリーズ 現代の生態学,共立出版
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