私ごとですが、正直なんとな〜く大学院に流れで内部進学した私は、研究対象の生き物自体には関心があったのですが、その生き物の持つ酵素やモレキュラー的な仕組みなど、研究テーマであるミクロな部分にあまり魅力を見出せていませんでした。(論文でぐちゃぐちゃの立体構造を見たって、正直何が楽しいわからん…という状態…)
そんな感じでゆる〜っと酵素に関する基礎的な講義を受けていたのですが、私はある日の講義で、人生で初めてHIV proteaseの構造を見る機会を得ました。
これが私のタンパク質の美に対する開眼の瞬間だったのです。私はこのタンパク質の構造を見て、大きな衝撃を受けました。
か、かっこいい〜〜!!!!🥺🥺🥺
微妙にアシンメトリーになった左右の構造物が対になって噛み合う構造が力強く、とにかかっこいい。センターの阻害剤を二量体のタンパク質が手のひらのように包み込んでいます。
この存在感とクールな造形はまるでゲームのラスボスのよう。
ゲームなら活性部位の阻害剤が最強の本体で、ダメージを受けるたびに周りのタンパク質が削れていって、最後にセンターの最強の阻害剤と戦うんだろうな…超デカくて超空間にふわふわ浮いて主人公の行手を阻むんだろうな…
今見返すとかなり訳が分からないのですが、これが私がこのタンパク質を見たときに受けた衝撃です。
普段から美術館で彫刻やオブジェを見ることが大好きな私。
芸術に境界はなく、いかなるものも美術品になり得、それらいかに評価するかも個人の自由であるべきであると考えています。
タンパク質の機能的な素晴らしさに関する話は散々聞いていましたが、私はHIV proteaseとの出会いにより、タンパク質にビジュアル的な美しさを見出しました。
そこで、もっと純粋に外見にもストーリーにも美しさを携えたタンパク質がこの世にあるのではないか、その美に世界はもっと価値を見出しても良いのではないかと考え、この企画を提案させていただきました。
投稿していただいた皆さん、本当にありがとうございました!!
始まりはその容姿の美しさでしたが、勉強がてら皆さんの投稿してくれたタンパク質のことを学ぶにつれ、ビジュアルだけでなく、その機能美の魅力にも大いに気付かされ、もっとタンパク質のことが好きになりました。
もしかしたら、プロの方が見ると物足りない内容になっているのかもしれませんが、そんなタンパク質見習いが学びながら書いた、素晴らしいタンパク質たちの紹介記事になっております。
さすがはtayo.jpのフォロワーさん、目次を見ると錚々たるメンツのタンパク質が並んでおります…!
エントリーNo.1 UnaG(ユーナジー)
名前を読んでウナ…ギ…??と思っていたらまさにウナギ由来のタンパク質だったー!!👀
こちらはニホンウナギの筋肉から単離・精製された緑色蛍光タンパク質だそうです。
水産系の学科にいながら、ウナギが蛍光タンパク質を持っているなんで知らなくてびっくりです。
このタンパク質の特質するべき点はなんと言っても、139という小さい分子、シンプルな構造でありながら、ビリルビンとのみ極めて特異的に強く結合するという一途な機能美、そしてその多くの謎にあります。
ビリルビンとは、赤血球の主要構成物質であるヘムの代謝産物であり、体内の抗酸化作用に重要な役割を果たしています。
UnaGはこのビリルビンを発色団として中央のポケットに抱えることで、蛍光を発します。
しかし、投稿して下さった方も書いていましたが、そもそもなぜウナギの筋肉にこんな蛍光タンパク質があるのか?そしてなぜ筋肉に存在するのにも関わらずこんなにもビリルビンへの嗜好性が強いのか?UnaGへの謎は深まるばかりです。(そもそも研究チームの方はどうしてウナギからこの蛍光タンパク質なんて単離しようと思いついたのでしょうか?という個人的な疑問も私には湧いてきます。)
謎は深まるばかり。ミステリアスな魅力たっぷりのUnaGでしたー!
エントリーNo.2 Alpha Fold
生物業界で話題沸騰中のAlpha Fold…ぜひこちらの解説記事をご覧ください!
ご投稿いただいたツイートの画像についた、謎のタンパク質構造…🤔
かっこいいけど何かAlphaFoldに関係ある…のか…?
このリプを見ると、私と同じ思考に陥った人がいるみたいですが、
このツイートのリプ欄、いろんな人が思い思いにこのタンパク質の推定をしていて大分面白いので、ぜひ覗いてみてください
エントリーNo.3 GFP(Green Fluorescent Protein)
言わずとも知れた世界のバイオマーカー代表選手ことGFP(Green Fluorescent Protein)。このタンパク質は皆さんご存知の通り、2008年に下村脩先生がノーベル化学賞を受賞した時に受賞対象となったタンパク質であり、オワンクラゲから単離される蛍光物質です。
螺旋の網状になった円筒が蛍光機能の心臓部とも言える発色団を守るかのようにそっと包み込み、その姿はまるで神秘的なサメの卵のよう。紐状に飛び出したかのようなβターンが生命力に溢れ、なんだかえっちです…🤔
さらに、この秘められたコア部の発色団も、GFPを特別にしている要素の一つなのです。
多くの発色団が生体内反応で作られる一方、GFPの発色団はGFP自身の一部によって作られます。GFPはアミノ酸3基を分離し、酸化と環化を繰り返すことによって、発色団が形成するのです。このような美しいタンパク質が光を生み出すために自己犠牲を払っているだなんて、たまらない気持ちになるストーリーですね。
しかも、通常では立体障害により進行しづらいこの反応はGFPの立体構造により反応点が近づけられ、反応が起きやすくなっています。
その他も皆さんご存知の通り、GFPってすごい!という話はたくさんあるのですが、もう掘れば掘るほど出てくるので、ここでは割愛します。
まさに”タンパク質ってエレガント!!”を代弁したかのようなエリートタンパク質の代表格、GFPでした!
エントリーNo.4 HIV-1 capsid
何なんだこのお花畑をむギュっとしたみたいなタンパク質はー!!
この構成要素となっている粒を一つ一つ螺旋状に目でなぞっていくと、ゾワゾワとどこか不安な気持ちになってきます。アカデミー賞で主要8部門を制したかの傑作SF映画「メッセージ」に登場する宇宙からの巨大な構造物さえ想起させる存在感。それに何なんだこのラテンなカラーリングは。
それと同時に、このタンパク質には類を見ない実存感があります。手のひらの上に乗せられそう、なんかカサカサしてそうという手触りまで想像できる。おばあちゃん家にある折り紙の薬玉細工にも見えないこともない。どこでも出会ったことないはずなのに、どこか既視感がある…
このタンパク質は、観るものに不安と懐かしさを交互に抱かせなんとも落ち着かない気持ちにさせます。
それもそのはず(?)、これはかつての人類の対ウイルス戦争における宿敵であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の”殻”です。HIVはこの殻の内側に2本鎖RNAやウイルス由来の分子が収められているという構造をしています。この殻はHIVのRNAを保護し、感染先にRNAを送り込むという働きを持ちます。
HIVは何とカプシドタンパク質という一種類のタンパク質によってのみ構成されています。一つ一つが花のように見える大きなドメインは6鎖のカプシドタンパク質によって作られており、このドメイン同士がより小さなドメインによって結合され、最終的に構造物を結成しているのです。
さらにこの円錐のような奇妙な形もカプシドタンパク質の性質によるものです。このような非対称な形はウイルスでは珍しいらしく、これはカプシドタンパク質同士が柔軟な結合によって繋がれていることによるそうです。性質の万事が一種類のタンパク質に由来しているというこのシンプルさに凶悪性が同居するところが大変ウイルスらしくアツイ。
現在は、TRIM5αと呼ばれるアカゲザルから得られたタンパク質がカプシドタンパク質に対する活性を持つと言われていますが、その詳しい作用機序はまだ完全には判明していないそうです。
エントリーNo.5 LSM
ラブリ〜〜〜!!!!!!☺️☺️
こうやってカラフルかつ個性的な顔が並ぶと大変ポップで可愛いらしいですね!この環状構造のアイコニックさゆえか、ハイブランドが立ち並ぶ表参道の素敵なショーウィンドウにこのタンパク質たちが陳列されている様が思い浮かびます。
LSMおよびSMは、RNAの処理、選別、制御など、ほぼ全ての細胞内でのプロセスでRNAに関わるタンパク質です。スプライソームにおいて、特定の小核RNAを6-7量体で取り囲み、RNAの分子シャペロンとして再利用されます。
興味深いことに、このタンパク質の特徴として、このような環状構造を自然に取るらしく、それぞれの複合体は、細胞内の位置やターゲットとなるRNAに合わせて適当な組成を取っているそうです。
初め、このタンパク質は、膠原病である全身性エリテマトーデスの患者で多く存在しているのを発見されたそうです。
さらに興味深いことに、このタンパク質はヒトだけでなく、幅広い生物種に存在するそうです。その範囲はなんとヒト以外の真核生物にとどまらず、原核生物・古細菌まで…!地球上のあらゆる生物の体内でこんなに可愛いタンパク質が働いていることを想像すると、なんだか嬉しくなっちゃいますね!
エントリーNo.6 Vault
オオオオオ…これはすごい…
暗闇に浮かびあがる、ジュエリーさながらの輝きを放つ物体Vault
シンメトリーかつコロンと太った円柱形に、画面からこちらまで訴えかけてくる威圧感を放っています。ギラつきと余裕の共存。男臭い香水の香りが漂ってくるようです。流れるような銀のチェーンのエレガンスも相まって苛烈な色気を放っています。
このタンパク質は細胞内で”コンパートメント”として働いているそうです。
多くの細胞小器官は、みなさんご存知の通り生体膜に囲われて仕切られていますが(ミトコンドリア、リゾーム、輸送小胞など)、その一方でVaultのようなタンパク質の膜によって仕切られている場合があるそうです。へー!知らなかった!
Vaultは、RNA分子、RNAに結合するタンパク質、タンパク質にヌクレオチドを付加する酵素などを包みこんでいるとのこと。
しかし、Vaultが一体何をしているのか実態は定かでないそうです。
核の中や核の孔の中でも見つかる場合があることから、Vaultが輸送に使われている可能性が示唆されていますが、決定的な証拠はまだ見つかっていません。
※生体膜で囲われた、核やミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のみを細胞小器官と呼ぶ場合もあるそうです。
エントリーNo.7 フィトクロム
ウサギのようなファンシーな姿をしたタンパク質フィトクロム。しかも、このうさぎの耳のような部分はなんとぴょこぴょこ動くらしく、大変表情豊かなタンパク質です。
フィトクロムとは、植物や微生物などが持つ色素の一つで、花芽形成や光発芽、避陰反応など、様々なシグナル伝達に関わる色素タンパク質です。このタンパク質のポイントはなんといっても、赤色光と遠赤色を、タンパク質の構造を異性化することによって両方受容することができる点です。
左の赤色光吸収型(Pr型)と右の遠赤色光吸収型(Pfr型)の間を可逆的に光変換することで、それぞれの光を受容するそうです。このように構造を切り替えることにより、明るい場所でも暗い場所でも光を受容することができます。
紹介していただいた図のタンパク質は、ディノコッカス(細菌の一種)のものであり、D-ピロール環が180度回転したり、二量体の構造変化が順次起こっていったりすることにより、Pr型とPfr型を切り替えているそうです。
エントリーNo.8 TLR
TLR=Toll Like ReceptorのTollにはドイツ語で、「Great, Curious」という意味があるそうです。
そんなビッグマウスな名に恥じない強烈なスタイルをこのタンパク質は持っています。かつてHIV proteaseを見た時に受けたのと同じような衝撃を受けました。生体の中に存在しているとは思えないような、宇宙的な外見。
外周に秩序と無秩序の同居したような突起を持つ円は完全に閉じられておらず、ピンクやオレンジの弁のような部分を通じて世界との呼吸を暗示しているかのようです。このような不完全な物体同士が重なり合う様はまさに”縁”すなわち宇宙の中で何かと何かが出会う偶然性のドラマ、全ての始まりを描いているかのようにも見えます。
さて、このタンパク質はその壮大な見た目に恥じず、ノーベル賞を受賞した研究の対象でもあります。
TLRは細胞表面にある受容体タンパク質で、病原体を感知して自然免疫を作動させる機能をもちます。哺乳類を中心に研究されていますが、その進化的な起源は古いと言われており、その他脊椎動物や、昆虫、さらには植物にも似たような機能を持つものがいるらしいです…!
病原体に出会うと、病原体のもつ特異的な分子により活性化されて二量体を形成し、機能するそうです。
まとめ
結果は完全に私の独断と偏見ですが、見た目の美しさとストーリーから以下のように順位付けさせていただきました…!どれも甲乙つけがたい…
1位 HIV-1 capside(圧倒的な異様さが素晴らしい!!)
2位 フィトクロム(環境に適応して構造が可逆的に変化するメカニズムが興味深い)
3位 TLR(とにかく見た目がかっこいい)
酵素の研究の一端でタンパク質に触れた私でしたが、タンパク質の多様な役割や側面に触れ、ますますその世界の美しさに感銘を受けましたし、何より勉強になった…!投稿していただいた皆様、ありがとうございました!!!
こんにちは!tayo magazine編集部の緒方です!
twitterで募集させていただいた「かっこいいタンパク質選手権」の始まりは、私の大学院のある講義でした…