初めましての人は初めまして!サイエンス妖精の彩恵りりだよ!普段はTwitterで最新の科学的な研究成果を解説していて、時々YouTubeで科学的なトピックスについて動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を話したりしているよ。そして今回は、ちょっと面白可笑しくてやばい論文を解説しちゃうんだよ。
「ジャイアントパンダ (Ailuropoda melanoleuca)」は “客寄せパンダ” という言葉もあるくらい、可愛い人気の動物だよね。そんなジャイアントパンダが馬糞を積極的に全身に浴びている!なんて言ったら、さすがにびっくりしちゃおうよね?論文のタイトルもそのまんま “Why wild giant pandas frequently roll in horse manure” 、日本語に直すと「なぜ野生のジャイアントパンダは馬糞の上で転がるのか」という論文について解説するよ!
なお、今回の論文解説に関して、全てのイラストはAyaneさん (Twitter) に描いていただいたんだよ!ありがと~!
【文献情報】
Wenliang Zhou, Shilong Yang, Bowen Li, Yonggang Nie, Anna Luo, Guangping Huang, Xuefeng Liu, Ren Lai & Fuwen Wei. “Why wild giant pandas frequently roll in horse manure”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2020; 117 (51) 32493-32498. DOI: 10.1073/pnas.2004640117.
糞を嫌う理由は汚いからだけじゃないよ
そもそも、動物の糞の存在は、私たちにとっても汚物・悪臭・不衛生と三拍子が揃った存在で、好んで近づこうと思うものではないよね。ただ、動物一般で見ると、必ずしも糞から遠ざかる事ばかりではないよ。
例えば、糞を食料としたり、卵を産み付けるものとして利用するのはフンコロガシやハエのような多くの昆虫で観察されるよ。哺乳類なんかでも同じ種同士の間では、糞の存在は縄張りの主張、仲間の健康状態や性別の把握なんかに使われている例があるよ。一方で種が異なる生物間での糞の利用はまれで、小型哺乳類において、捕食者の糞の臭いをつける事で、同じ種の間での競争を避けるという使い方が一部にあるだけだよ。これはそもそも「捕食者の糞の臭いがする」と「捕食者が近くにいる」がイコールで結ばれているからこそ成り立つ行動で、だからこそ大部分の生物は “捕食者という異種の糞を避ける” が普通の行動となるんだよ。
そういうわけで、異種の生物間における糞との相互作用、という行動は、哺乳類ではとても稀でめったに観察されないから、今回のジャイアントパンダの行動はかなり興味深い、という事になるんだよ!
その行動、名付けて「馬糞ローリング」!
今回紹介する論文は、中華人民共和国の秦嶺に生息する野生のジャイアントパンダの行動、名付けて馬糞ローリング (horse manure rolling) に関する研究だよ。馬糞ローリングは、次の4段階で構成されているよ。
- 馬糞の臭いを嗅ぐ。
- 頬で馬糞をこする。
- 馬糞を前足で転がす。
- 馬糞の上で転がり、全身に浴びる。
馬糞ローリングという言葉自体がインパクトがあるけど、私も改めて書いてみると何だこれ状態になるよ。この馬糞ローリングが初めて観察されたのは、論文によれば10年前という事なので2010年頃だけど、今回の研究の対象は2016年7月から2017年6月までの1年間に記録された馬糞ローリングだよ。この期間中、馬糞ローリングはオスとメス両方で合計38回観測され、平均時間は141.3±26.2秒、長くて499秒、短くて6秒だったよ。この数は、他の地域に生息する、馬糞ローリングをしないジャイアントパンダのグループよりも有意に高い確率で、頻繁にある行動だと判断されたよ。
馬糞ローリングのカギは揮発性有機化合物「カリオフィレン」にあり
馬糞ローリングをする元となる馬糞については、ウマが糞をする様子がカメラに捉えられているけど、ジャイアントパンダが引き寄せられる糞は排泄から10日以内の新鮮な糞に限定されていたよ!この数値の差は、馬糞から蒸発して無くなってしまう揮発成分の違いであると予想が立つね。そこで、排泄されたばかりの新鮮な馬糞と、排泄されてから時間が経った馬糞のサンプルをそれぞれ5つずつ採集し、ガスクロマトグラフィー質量分析計で調べて、揮発しやすい物質の中で違いのある成分を調べたよ。その結果、セスキテルペンに分類される「β-カリオフィレン」と「酸化カリオフィレン」 (以下カリオフィレン) に大きな違いがある事が分かったんだよ!この2つの有機化合物はどちらも揮発しやすく、ジャイアントパンダが新鮮な馬糞にのみ反応する事と関連があるだろうという事が分かるね。
この予測を証明するために、北京動物園で飼育されているジャイアントパンダで実験を行ったよ。カリオフィレンを含ませた干し草、脂肪酸を含ませた干し草、純水を含ませた干し草の3種類を用意し、ジャイアントパンダがどの干し草に反応するかを調べたよ。すると、ジャイアントパンダはカリオフィレンを含ませた干し草にのみ関心を示しただけでなく、馬糞ローリングと似た頬のこすりつけや転がる行動をしたんだよ!以上の結果から、馬糞ローリングはカリオフィレンの存在が関与している事が分かるね!
馬糞ローリングは寒い時期限定の行動だよ
ところで、馬糞ローリングが観察された時期を調べてみると、11月から4月までの間にのみ観察された事が分かったよ。ジャイアントパンダの交尾の時期は2月から4月までと言われているから、それよりは長いし、恐らくは季節性の行動だと予測されたよ。観察されたのが赤外線カメラなので周辺の気温も調べられるんだけど、馬糞ローリングが観察された時の94.7% (38例中36例) が気温-5℃から15℃の時で、20℃以上の時の観察例がゼロだった事が分かるよ。もしかして、馬糞ローリングは寒い事と関係があるのかな?
そこで、 (ジャイアントパンダでは実験ができなかったので) マウスを使って実験を行ったよ。カリオフィレンを含んだ溶液をマウスの腹腔内に注射したグループと、比較用に生理食塩水を注射したグループとで分けて、いくつかの温度に対する反応の実験を行ったんだよ。
まず、箱の中に10℃の冷たいプレートと28℃の温かいプレートをそれぞれ敷いて、マウスがそれぞれのプレートの上で過ごす時間を測定したよ。すると、カリオフィレンが与えられたマウスは、そうではないマウスと比べて、有意に冷たいプレートの上で過ごす時間が長くなる事が分かったよ!
次に、温度を4℃に設定した箱の中で、マウスの集団がどんな行動をするのかを観察したよ。すると、集団で固まるおしくらまんじゅうなどの行動が、カリオフィレンを与えたグループではほとんど観察されない事が分かったよ!これらの行動の差は、マウスが寒さを感じにくくなっている事を予想させるね!
という事で最後に、イシリンという物質を注射した場合の行動の差を比較したよ。イシリンはメントールのような冷感作用のある物質だよ。比較対照として生理食塩水を注射したマウスの場合、イリシンを注射後ジャンプや震えと言った、寒さに対する反応を示したのに対して、カリオフィレンを注射したマウスの場合はほぼ全く反応を示さなかった事が分かったよ!これらのことから、カリオフィレンは寒さを感じにくくする作用がある、という予測が立つね!
馬糞を浴びると暖かく感じるみたいだよ
マウスによる実験から考えると、ジャイアントパンダが馬糞を嗅いだり浴びたりするのは、馬糞に含まれるカリオフィレンを摂取するためという可能性があるね。ジャイアントパンダのゲノム解析でカリオフィレンに反応する遺伝子を調べてみると、いくつかの候補の中で特に「TRPM8」という遺伝子が関与している可能性が示されたよ!TRPM8は末梢神経の冷感に関わる遺伝子で、例えばメントールが存在すると、TRPM8が活性化して “寒い” と感じる原因となるよ。カリオフィレンを導入するすると、メントールによるTRPM8の反応が減少する、つまり “寒い” という感覚を感じにくくなるという事を意味するよ!
ここで野生のジャイアントパンダの行動を思い返すと、馬糞ローリングは15℃以下の寒い時だけに見られた行動だったね。という事は、ジャイアントパンダは馬糞を浴びると、寒いという感覚が減って、相対的に暖かく感じる、だから馬糞ローリングをする、と結論付けられるね!これは実際の温度上昇を伴わない感覚の問題ではあるけど、ジャイアントパンダの寒さ対策の1つという事になるね!
この行動は、飼育下のウマの馬糞が野生環境に提供される事が稀である事を考えると、他の野生動物ではそう見られる行動ではないはずだよ。ではなぜ秦嶺のジャイアントパンダは馬糞ローリングを編み出したんだろうね?これは検証されていない仮説ではあるけど、秦嶺の地理的な位置が関係していると考えられるよ。秦嶺という場所は、古代中国の大都市である蜀漢と長安を結ぶ交易路と重なっているんだよ。交易の脚としてウマを使っていた事を考えれば、ジャイアントパンダにとっては偶然かもしれないけど、馬糞を浴びると寒さをしのげる事に気づく環境ができていた、と考えることはできるね!この点はもっと検証が必要だよ。
まとめ
- ジャイアントパンダには、今回「馬糞ローリング」と名付けられた、自分自身に馬糞をつける行動が観られるよ。
- 研究の結果、馬糞から放出される揮発性有機化合物「カリオフィレン」が、寒さを感じる遺伝子である「TRPM8」の働きを抑える事がわかったよ!
- 人馬の交通ルートがジャイアントパンダの生息地と重複した結果発生した生態である可能性があるよ!