辺境キャンパス座談会「海編」:辺境で送る大学院生活のリアル

「キャンパスライフ」と聞いて、人は何を思い浮かべるでしょうか?

程度は様々ですが大学のキャンパスは概ね都市部にあり、学生向けの飲食店などが立ち並ぶ学生街のイメージは強いのではないでしょうか。

しかし、物事には何事も例外が存在するものです。

各大学に付属する「臨海研究所」「演習林」などのフィールド調査の拠点や、「スーパーカミオカンデ」や「SPring-8」といった大型実験施設など、人里離れた辺境地に点在しています。そして、そのような人里離れた研究所でキャンパスライフを送る大学院生も存在します

そのような「辺境キャンパス」の関連者を集めてお話を伺い、辺境キャンパスならではの「あるある」などを集めながら、その魅力や生活の実態に迫っていくのが本企画の趣旨。

第一回は「海編」で、全国の臨海研究所の関係者をお招きしました。SDGsにも海洋保全の項目があり、持続可能な社会を目指す上でますます注目が集まる海洋研究を、地方から支える重要な拠点である「臨海研究所」のリアルに迫っていこうと思います。

それでは、「辺境キャンパス座談会 ~海編~」、スタートです!

参加者

東京大学大気海洋研究所 (千葉県柏市)

人口密度 : 3,740人/km2

参加者:熊谷 (修士-博士課程(OB))

くまがい
くまがい

柏キャンパスは大きなららぽーとがあるので大都会です。今回はモデレーターとして参加します。

筑波大学下田臨海実験センター (静岡県下田市)

人口密度 : 219人/km2

参加者:谷口俊介先生 (准教授)

東京大学大気海洋研究所・国際沿岸海洋研究センター (岩手県大槌町)

人口密度 : 59人/km2

参加者:木下さん(ポスドク)、平林さん (講師)

きのした
きのした

ウミガメの研究をしています。

京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所 (和歌山県西牟婁郡白浜町)

人口密度 : 100人/km2

参加者:小林さん(ポスドク)、福地さん(博士学生)

福地
福地

オオグソクムシの仲間の研究をしています。

島根大学 隠岐臨海実験所 (島根県隠岐郡隠岐の島町)

人口密度 : 65人/km2

参加者:吉田真明先生(准教授)

琉球大学 熱帯生物圏研究センター 西表研究施設 (沖縄県八重山郡竹富町)

人口密度 : 8人/km2

参加者:川端さん (修士課程(OB))

辺境キャンパスの生活事情

本日はお集まりいただきありがとうございます、モデレーターの熊谷です。まずは離島の人たちのお話をお伺いしたいのですが、吉田先生、川端さんお願いできますでしょうか。

吉田先生 : 島根の隠岐の島は、かつては「島流し」に使われた島で、勤務して6年目になります。コンビニはない、ファーストフードもない環境です。私は6年勤務していて、子供は島生まれです。

川端さん:私は琉球大学出身で、修士課程から西表にいました。西表島は沖縄の島なのでかなり特殊な環境でした。60年〜100年前に植えられたような植木、石垣などに囲まれたところで一軒家を借りて暮らしていました。

どちらもそれなりに大きい島のイメージがあるんですが、人口はどれぐらいなんでしょう?

吉田先生:4島合わせて1万7000人で、島単位では1万人を切ります。

川端さん:石垣島は人口1万3000人、西表は3000人未満の小さな島です。商業施設に行きたければ船で45分の石垣島にいかないとなにもないのですが、光回線が一昨年通ってネット環境も改善し、Amazonプライムは無料で届くので、そこまで生活に困った記憶はないですね。

吉田先生:島にヤマトの集配所があるので、Amazonは隠岐も無料です。しかし佐川は委託なので値段が上がったりします。

光回線が通る前は結構大変だったんですかね・・・?

川端さん:入学した年の6月までは、島自体に光回線が来ていませんでした。携帯はつながるけどスピードがおそかったり、研究所全体で1ヶ月20ギガの制限があったりしました。研究に使うためのソフトウェアも本学(琉球大学)まで行ってダウンロードして、それをなんとかローカルで解凍して使ったりしていました。今はもう光回線が来たので、子どもたちがYouTubeを見るようになったり、島の生活もいろいろ変わったんじゃないかと思います。

福地さん:瀬戸臨海は所の有線やwifiは十分な速度ですが、建物の中だと個人の携帯の電波が弱い場所があって、ライン通話していても途中で途切れちゃったり。敷地内の寮に下宿しているのですが、そこに昨年wifiが引かれたので、だいぶ良くなりました。

小林さん:でも瀬戸臨海のある白浜は観光地だし、それなりに栄えてはいると思います。必要なものは1箇所に固まっているのであまり移動しなくてよいですし。空港があって羽田便が出ているので、東京までも近いです。

福地さん:とはいえ、車がないといろいろ行けないですね。

車がないと大学院生活送れなかったりしますかね?

吉田先生:車がないと無理です。阪大にいた頃に白浜まで通ってましたが、宴会やった後に駅まで40分歩いて帰ってもう嫌だと思いました(笑)

小林さん:車があったほうが圧倒的に便利なので、車持っている人は多いですね。今学生が6人なのですが、車がない学生は他の学生に乗せてもらったりと、助け合っているようです。

谷口先生:下田臨海は持っていない人のほうが多いです。駅まで歩いて20分で、その間にスーパーもコンビニもあるから自転車を使っている人が多いです。しかし、自分は学生時代から車を持っていたので持っていない人は大変だな、と思っていました。

その辺りの事情は分かってから研究室選びをしないとあとで大変そうですね

吉田先生:いま4年生の配属説明をやっているんですが、実習に来たことがないけど隠岐に配属を考える人もいます。なので、絶対に決める前に一度来て一泊しろ、痛い目を見てからきめろと伝えています(笑)。隠岐では、学部生も院生も全員車を持っています。

学部生の場合、本学での必修科目残ってたりする場合はどうするんですか?

吉田先生:対面が必要な授業が残っている場合は、都度3時間半かけて松江にある本学に帰ってもらうことになります。船の都合で日帰りできないので、結構大変です。松江に実家や恋人・友人の家があるなど、拠点が無いと現実的に厳しいです。下手すると卒業できなくなっちゃうこともあり、必修単位が残っている人には進学を勧めていません。とはいえ、コロナでだいぶ授業がオンラインになって、状況が変わってきてはいます。

川端さん:西表の大学院生時代は、6割くらいの先生はオンライン授業でOKにしてくれたし、特に問題はなかったです。

辺境あるある

・Amazonが超便利

・通信状況も改善傾向

・コロナ禍によるオンライン化の影響で授業も受けやすくなっている?

食事事情とかはどうですか?

福地さん:瀬戸臨海はモスはあるけどマックがない、ぐらいの感じです。離島と比べると、そこまで辺境ではないのかな。

おもむろにオオグソクムシの仲間のエタノール漬け(液浸標本)を見せてくれた福地さん
瀬戸臨海実験所から徒歩1分のフィールド

川端さん:西表島だと、そもそもご飯屋さんが4つしかなくて、ほとんど観光者向けで、しかも遠かった。昼ごはんは研究所の近くに定食屋さんがあり、カレーとかゴーヤチャンプルーとかの沖縄料理がありました。そこにたまに行く以外は、基本的に自炊ですね。マックとかのファストフードは石垣島まで行かないとなかったです。

福地さん:臨海はやっぱり海産物が美味しい所が多いので、魚が好きな人は食のストレスは少ないかも知れません。

島だと、食料の値段が高いというようなことはなかったのですか?

川端さん:西表島は野菜が高く、大体本土の2倍ぐらいの値段でした。パパイヤとかはそのへんに生えていたり、ヒカゲヘゴという山菜が取れたりしたので、それを食べることはありました。

ヒカゲヘゴ by Paipateroma CC-BY 3.0

山菜採り楽しそうですね!そのような辺境キャンパスならではの楽しみとかは他にありますか?

川端さん:西表島では釣りしたりBBQしたり、色々と遊んでいました。魚が本当によく釣れて、釣った魚をそのまま泳がせておくとさらに大きい魚が食べるんですよ。あまりに大きいのがかかるので通販で腕の太さほどある竿を購入したら県の記録、実質日本記録サイズのクルバニーアカジンが釣れて、ローカルニュースになったこともあります。

吉田先生:仲のいい学生同士で、バディを組んで海水浴に行ったりはあります。危ないので、一人では行かせません。日本海なので潮が引かないので、泳ぐときは実習用のウエットスーツを着てもらっています。研究所で昼ごはんを食べて、30分海で泳いで、帰ってきて午後の研究、ということもできます

木下さん:大槌は海だけじゃなく山もあるので自然の動物が色々見れます。研究室の裏からサンコウチョウが見れたり、色々と気晴らしに向いている環境だと思います。

辺境あるある

・基本は自炊、外食の選択肢は少なめ

・釣りや山菜採り、海水浴などの様々な楽しみ方

人間関係

辺境キャンパスならではの人間関係とかはどうでしょう。大槌は地域の方との繋がりを大切にしている印象があります。

木下さん:私の研究では漁師さんに協力してもらいカメを集めているので、つながりはとても大事です。高知や小笠原など、カメを食べる地域では1頭10万くらいの値段で買うのですが、大槌の漁師はカメを食べないので取れたら逃すところをボランティアで譲ってもらっています。先輩は地域のお祭りに参加して一緒にお神輿を担いだりもしていました。私も地域のお祭には顔を出しています。地域に入ってきているという印象を持ってもらい、その後の関係を作っていく部分があります。やはりカメを持ってきてもらって当たり前だと思わず、研究に直結しないイベントにも顔を出して地道に関係性を作るのが大切だと思っています。最近はコロナで関係が遠のいてしまっているので、なんとか修復しようと頑張っています。

やはりイベントがないと関係は失われてしまうのでしょうか。

木下さん:関係が離れていくのは簡単な気がします。最近でも街の人だけが参加できるようなクローズなお祭りはあるのですが、コロナ患者が出てきていなかったような地域なので、やはり東大の所属ということなどもあり気軽に参加はできないですね・・・。東京から色んな人が研究所に来ているということは地域の人も感じているので、距離感が難しいです。今年は多くの高齢者がワクチンを打ったこともあり去年よりは地域の人との距離を詰めやすくなってきていて、カメも順調に集まっています。

谷口先生:時代もありますよね。20年前青森にいたとき、さらにもう1世代前だと、研究者でも結婚相手が地域の人というケースが多かったんです。自分の学生時代には地域との関係がかなり希薄になっていて、今は更に疎遠になっている気がします最近の学生はドライな傾向があって、仕事のために漁師さんと飲まなければいけないことを受け入れられない人が多い気がします。ドライに考えれば「サンプルちょうだいよ」、とだけ言えばいいかもしれないけど、地域の人の気持ちも考えると、難しい問題です。教員世代でも地域との関係をさほど重視しない人もいて、地域を大事にする人と対立状態になることもある。どうやったら地域の人と順当にやっていけるか、若い人はどこまで耐えられるか?という不安はあります。教員の立場で「飲みに行ったほうがいいよ」、と学生に言う訳にもいきませんし。。どうなっていくんでしょうね。

木下さん:私はお酒が得意な方ではないので、入りたいけど入れないこともあります。でも最近は、SNSでの繋がりなどが結構生まれて来ていますね。若い漁師さんはツイッターやフェイスブック、インスタをやっている人も多く、私のSNSを見てくれてどこにいったんですねー、いうことで話が広がることもあります。見てくれていることが分かると、お土産を買ったりもしやすいですし。昔はなかったつながりが今はできるようになってきて、お酒が苦手、昔のコミュニケーションが苦手でもできることはあるかもとおもって模索しています。

平林さん:私は調査で久米島によく行っていましたが、飲み会はつきものでした。久米島は代行サービスが2台しかなく、飲み会はいろんなところで開催しているので、先に電話して予約しないと飲みに行けなかったり、車役を買って出る人が必要だったり。久米島には研究所は無いので、地元漁師さんとの関係維持は意識的に行わないと研究が頓挫する可能性もあります。

吉田先生:自分がお世話になっている定置網の漁師さんは、飲みすぎて体を壊した人などが多く、差し入れにはリアルゴールドを持っていったりします。結局、相手のことを考えて、どうやって地域に溶け込むか?というところですね。

木下さん:ウミガメを貰うお返しでお酒を渡すことが多かったのですが、関係が深まるにつれて「研究成果で何がわかったかを孫や子供に知らせるのが楽しいからいろんなこと、魚のことや海のことを教えて欲しい」などと言われることが増えました。最近は、地域の方向けに研究内容を解説するイラストを書いて伝える、ということも始めています。イラストやYouTubeで編集したものを持っていけば結構見てくれるので、漁師さんも結構研究について知りたがっていたんだな、と感じています。

谷口先生:我々は年に1回年報を漁協に持っていっているのですが、やはり文字なのであまり読んでもらえないらしいです。でも、論文が出たら地元の伊豆新聞に載せてもらえば、こんなことしているんだねと納得してもらえます。やはり、「サンプルを採らせて下さい」と言って協力いただいているので、それによって何が見つかったのか?というのを知りたい気持ちはあるのだと思います。

木下さん:継続的に関係値を作っていると、珍しい獲物が獲れたときに教えてくれたりもします。漁師さんから「珍しいカメ獲れたよ!」と連絡を貰い見に行ったらヒメウミガメという本当に珍しく、これまで東北ではとれなかったカメで、論文につながったこともあります。「見たことないものがあったら見せてください」と言っておくと助かることがあります。

輸送されるウミガメ

谷口先生:論文では謝辞にJapan Fisheries Cooperatives Izu/Shimodaと入れることで、英語で世界に向けて書いた論文においても下田漁協にお世話になっています!と謝意をきちんと示すようにしています。

木下さん:わかります!私も論文を書くときは、関わってもらった全部の漁協や組合の名前をいれています。

吉田先生:最近だと廃れ気味ですが、未だに謹呈文化*は必要ですよね

*論文の別刷りを関係者にプレゼントすること。学術出版のオンライン化に伴い、あまり行われなくなって来ている。

福地さん:京大の持っている白浜水族館では生き物を地域の方から購入していますが、私は研究を通した地域の方との交流はあまりないです。漁業権が関わってくるかどうかなど、対象生物にもよるかも知れません。

川端さん:西表では地域の人との関わりを築いて入っていくのがすごく大変でした。自分自身本当に仲良くなって飲んだりという関係になるまでに2年間かかったので、それくらい時間をかけないと地域に溶け込むのは難しいと思います。

地域の方との繋がりはある一方、人間関係は狭くなりがちかと思うのですが、その辺りの対策などありますでしょうか。

川端さん:やはり同世代が周りに少ないことで視野が狭まるのはあります。僕の場合はポスドクの先輩がいい人で、色々支えてくれました。臨海研究所では同期がいないことが多いので情報が足りず、また人間関係が限られてしまうので、クローズなコミュニティでうまくやっていけなかったり、人と話さないことで抱え込んでしまうタイプだとメンタルにきてしまうかも知れません。

吉田先生:私も研究のモチベーション維持はツイッター頼みですね(笑)。教員も2人しかいないし、そこでの競争が何も起きないんです。ツイッターで他の人が論文出したという情報が一番の刺激になります。やはり教員でも一人で考え込んではだめ。私の研究活動は情報学寄りなこともあり、情報が切れたら終わりだと思っています。

辺境あるある

地域の方との関係は大事

・お酒のコミュニケーションはいまだに強いが、最近はSNSなどの繋がりも

・どうしてもコミュニティは狭くなりがち

辺境キャンパスの学生の就職活動

川端さんは西表から都内のコンサル会社に就職したとのことですが、辺境大学院生の就活事情などに関してもお話伺えますでしょうか?

端さん:タイミングが良くて、コロナの影響でオンライン面接が発展していたので、自分は就活で困ったことがなかったですね。ほとんどオンラインで就活は終わりました。学歴という意味でも、「西表の熱帯生物研究所」にいる、となると、もはや別枠扱いですよね(笑)。なので、そこはアピールすれば強みにもできると思います。就活のために東京に出たのも一回だけで、費用としても3〜4万くらいですね。ただやはり、大学同期からの情報収集などは難しかったかな。

現役の大学院生の福地さんはどうでしょう?

福地:臨海にいるとどうしても会う人が限られているので、情報格差はあるかも知れません。京大の場合は就活情報をまとめてメールで発信してくれるので、それを見て企業説明会に出たりしています。とにかく人づてで情報が得られないので、ネット、SNS経由で情報収集することになります。

辺境キャンパスで鍛えられる「人間力」

これまでのお話で、やはり辺境のキャンパスではかなり「自己管理力」が鍛えられるのではないか、と思いました。

福地さん:友達とどこかに遊びに行ったりは難しい環境なので、私はスマホでカラオケして、日本の他のところにいる人とつながって自分の歌を聞いてもらってストレス発散したりしています。あとは釣りだったり、自然環境を楽しめる人がいいのでしょうね。

吉田先生:自分のメンタルを自分で改善できるスキルを持っている人がやっぱり強いですよね。

社会生活を送る上でとても大切なスキルですね。

吉田先生:コロナ禍では最も必要とされる能力ですよね。都会で学生生活を送ると、仲の良いコミュニティの中で交流や情報交換をしながら大学生活を楽しむことができます。しかし、臨海研究所では、たった一人で自然や研究と向き合うことがどうしても必要になります。そのような状況で自己として安定できるかどうか、そういうことにトライしたいと思う方に是非来ていただきたいと思います。その経験は、将来どのようなキャリアを選ぶにしろ、一生の支えになってくれるはずです。

終わりに

本企画では、辺境キャンパスの皆さんに語っていただきました。

コロナ禍で就活などの困難も減り、また全体として通信状況なども改善傾向にあることから学生にとってはキャリア形成の中で有利な条件になって来ているというリアルな実態が見えてきました。また、辺境の研究所で専門性とメンタル共に鍛えられた人は社会的にも活躍できるはず。就活の面接の際の話題にも事欠きませんので、これを機に一念発起して辺境キャンパスへの進学を考えてみるのも良いのではないでしょうか。

弊社の運営する特殊求人プラットフォームであるtayo.jpでは、本企画にも参加いただいた谷口先生の筑波大学 下田臨海実験センター 発生生物学研究室や、木下さんの所属していた東京大学 大気海洋研究所 行動生態計測分野、また北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所による国際研究教育プロジェクトに参加する大学院生募集など、辺境キャンパスの情報が色々と載っていますので、この記事で辺境キャンパスに興味持たれた方は是非ご一読を!